野田(のだ)小学校 [令和8年閉校] 南島原市立
長崎県の廃校・校跡

野田(のだ)小学校 [令和8年閉校] 南島原市立

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『野田(のだ)小学校 』は、長崎県南島原市加津佐町の「野田小校区(西串・東串・小松・花房・西越崎・東越崎・辻・上里・旭団地・下里・泉が丘)」の子どもたちが通っている小学校です。

野田小は全児童38名(令和7年度)の創立150周年をむかえる歴史ある学校です。

野田(のだ)小学校 [南島原市立] の閉校式はいつ?

南島原市立野田小学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、2025年(令和7年)10月10日(金曜日)に、閉校記念の「第54回野田小学校普賢岳登山」が、野田小学校全校児童と保護者でおこなわれ、最後の開催となりました。

閉校式典は、2026年(令和8年)の2月1日(日曜日)に野田小体育館でとりおこなわれ、来月卒業する6年生7名を含む全自動38名ほか、卒業生や地域のかたなど約160人が出席しました。

式典では、「別れのことば」「校歌斉唱」が歌われ、式典後は子どもたちによる「野田小最後の1年間」の様子を記録を上映、校舎内には「学校の歴史をふりかえる写真」を展示し、卒業生などが懐かしく訪れていました。

また、閉校記念碑の除幕式は、野田小のグラウンドで挙行されました。

2026年(令和8年)4月1日から野田小学校校区の子どもたちは、同町にある「加津佐(かづさ)小学校」へ通います。

野田(のだ)小学校 [南島原市立] の校歌
仰ぐ雲仙 山むらさきに
磯の香ただよう 南風の丘
岩戸のきしの 荒波に
今日も希望の 陽は昇る
野田 野田 その名も高き
野田 野田 我らのふるさと

野田(のだ)小学校 [南島原市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 野田小学校
住所 〒859-2605 長崎県南島原市加津佐町1172
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1874年(明治7年)11月29日 – 「第五大学区第二中学区野田小学校」が創立。
1883年(明治16年)1月1日 – 津波見分校を開設。
1884年(明治17年)4月1日 – 「加津佐学区公立下等野田小学校」に改称。
1886年(明治19年)4月1日 – 小学校令の施行により、「簡易野田小学校」に改称。修業年限を3年とする。
津波見分校が分離し、簡易津波見小学校として独立。
1889年(明治22年)4月1日 – 町村制の施行により、加津佐村立の小学校となる。
1893年(明治26年)4月1日 – 「野田尋常小学校」に改称。修業年限を4年とする。
1899年(明治32年)4月 – 統合により「加津佐尋常小学校辻分教場」となる。
1907年(明治40年)4月1日 – 加津佐尋常小学校より分離し、「野田尋常小学校」として独立。
1928年(昭和3年)1月1日 – 加津佐町の発足(町制施行)により、加津佐町立の小学校となる。
1941年(昭和16年)4月1日 – 国民学校令の施行により、「加津佐町野田国民学校」に改称。尋常科が初等科に改められる(初等科6年)。
1947年(昭和22年)4月1日 – 学制改革(六・三制の実施)により国民学校初等科が改組され、「加津佐町立野田小学校」が発足。
1955年(昭和30年)- 運動場を拡張。
1961年(昭和36年)- 校歌を制定。
1963年(昭和38年)- 脱脂粉乳によるミルク給食を開始。
1971年(昭和46年)- 完全給食を開始。校旗・校章を制定(1月20日)。普賢岳登山を開始。
1978年(昭和53年)- 体育館が完成。
1979年(昭和54年)- 新校舎が完成。
2006年(平成18年)3月31日 – 南島原市の発足に伴い、「南島原市立野田小学校」に改称。
2008年(平成20年)- 簡易水洗トイレ工事が完成。
2012年(平成24年)- 耐震工事が完了。
2013年(平成25年)4月1日 – 特別支援学級を新設。
2024年(令和6年)11月24日 – 創立150周年記念式典開催されましたを開催
2026年(令和8年)3月31日 – 加津佐小学校に統合のため閉校 [1]

[1] 出典:Wikipedia

南島原市立野田小学校の校舎

南島原市立野田小学校の校舎

野田小学校の校舎は、鉄筋コンクリート2階建てで、1979年(昭和54年)に建てられたものです。

南島原市立野田小学校の校舎

野田小学校の体育館は、1978年(昭和53年)に完成しました。

野田(のだ)小学校がある場所

2026年(令和8年)に閉校する『野田(のだ)小学校』は、長崎県の島原半島南部に位置する「南島原市」のなかの加津佐町にある学校です。

口之津港から、海沿いの国道251号線を雲仙市方面へ北上する途中で、加津佐前浜海水浴場・野田浜を過ぎて山側(北)へ1km入った南風薫る高台にあります。

旧加津佐町地区

野田小学校がある校区は、江戸時代から1928年(昭和3年)まで「加津佐村」と呼ばれていた地域です。

1928年(昭和3年)には、町制施行して「加津佐町」となり、2006年(平成18年)には口之津町・南有馬町・北有馬町・西有家町・有家町・布津町・深江町と合併して、新設・南島原市が発足しました。

現在、野田小学校がある場所は、長崎県南島原市の大字が加津佐町となっています。

加津佐町は、長崎県島原半島の南西部にあり、白砂青松の砂浜を持つ風光明媚なロマンあふれる町です。

日本で最初の活版印刷が行われた所としても知られており、それと共に悲しいキリシタン迫害の歴史のある町でもあります。

今では、海に突き出た岩戸山の沖合で、イルカウォッチングや魚釣りなどが楽しめ、また特産品としてジャガイモが有名です。

出典:旧加津佐町ホームページ

野田の浜

野田の浜

画像出典:グーグルマップ

野田小学校校区には、生徒と地区の方から愛されている「野田浜」があり日本の名松100選にも選ばれた松林と、約2kmにわたる白浜がすばらしく海水浴場として、夏に利用されます。

野田校区の民生委員さんたちが「野田の浜を愛する会」を発足させ、定期的に野田浜の清掃活動をおこなって県振興局から表彰されました。

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南島原市とその地域 [長崎県]
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