有明東(ありあけひがし)小学校 [令和8年閉校] 白石町立
佐賀県の廃校・校跡

有明東(ありあけひがし)小学校 [令和8年閉校] 白石町立

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『有明東(ありあけひがし)小学校 』は、佐賀県杵島郡白石町の牛屋にある「有明東小校区(牛屋・新明)」の子どもたちが通っている小学校です。

ふるくは「牛屋小学校」として親しまれてきた創立150周年の歴史ある学校です。

有明東(ありあけひがし)小学校の閉校式はいつ?

白石町立有明東小学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、2025年(令和7年)11月23日(日曜日)に、体育館にて「創立150周年記念祭り」が開催され、在校児童・保護者・地域に住む卒業生など500人以上が参加しました。

2026年(令和8年)3月24日(火曜日)には、有明東小体育館にて、午後から「閉校式」をとりおこないます。

同年4月1日より、有明東小校区の子どもたちは同時閉校した「有明西小」「有明南小」の児童とともに新設される「有明小学校」へ通います。

新設「有明小学校」で閉校する中学校

⇒ 有明東小学校
⇒ 有明西小学校
⇒ 有明南小学校

有明東(ありあけひがし)小学校の校歌
1.稲佐の山の 峰高く
永久の平和を 讃えつつ
筑紫の海の とこしえに
いそしみはげむ この庭よ

2.恵みの露に うるおいて
わが有明の 若草は
誠の花も うるわしく
年の葉ごとに 繁るなり

有明東(ありあけひがし)小学校 [白石町] のデータ

 

住所・閉校年月日・沿革
名称 有明東小学校
住所 〒849-1201 佐賀県杵島郡白石町牛屋6833−2
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1875年(明治8年)1月 - 西光寺西の民家を校舎として、「牛屋・横手二ヶ村組合立 牛屋小学校」が創立。
1878年(明治11年)1月 – 牛屋村と横手村の組合を解消し、「牛屋小学校」とは別に、権現社北側の民家を校舎として「横手小学校」が創立。
1881年(明治14年)4月 – 校舎を新築の上、「公立中等牛屋小学校」に改称。
1886年(明治19年)4月 – 小学校令施行により、尋常科(4年制)を設置の上、「尋常牛屋小学校」に改称。横手小学校を統合の上、横手分教場とする。尋常錦浦小学校に十二ヶ村組合立高等東郷小学校が併設される。
1889年(明治22年)4月1日 – 町村制施行により、杵島郡2村(牛屋、横手)が合併し、南有明村が発足。5月 – 「尋常南有明小学校」に改称。
1892年(明治25年)4月 – 「南有明尋常小学校」に改称。高等東郷小学校は白石高等小学校に改称。
1893年(明治26年)- 「十二ヶ村組合立福富高等小学校」(2年制)が尋常福富小学校に併置される。高等科3・4年生に関しては白石高等小学校へ委託。
1899年(明治32年)- 四ヶ村(竜王・錦江・南有明・北有明)組合立錦浦高等小学校が南有明村に開校。
1900年(明治33年)9月 – 錦浦高等小学校の廃止により、高等科を併置の上、「南有明尋常高等小学校」に改称。
1908年(明治41年)4月 – 改正小学校令により、尋常科(義務教育)が6年制、高等科が2~3年制に変更となる。
1920年(大正9年)1月 – 校歌を制定。10月 – 農業補習学校が併置される。
1923年(大正12年)- 農業補習学校に女子部が設置される。
1926年(大正15年)- 併置の農業補習学校が青年訓練所充当となる。
1935年(昭和10年)- 併置の農業補習学校が青年学校となる。
1941年(昭和16年)4月1日 – 国民学校令施行により、「南有明村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
1947年(昭和22年)4月1日 – 学制改革が行われる。南有明村国民学校の初等科は、新制小学校「南有明村立南有明小学校」に改組・改称。南有明村国民学校の高等科は青年学校の普通科とともに、新制中学校「南有明村立南有明中学校」に改組され、小学校に併置される。
1955年(昭和30年)9月30日 – 南有明村が有明村に編入されたことにより、「有明村立有明東小学校」に改称。
1956年(昭和31年)9月1日 – 有明村横手のうち大井地区が白石町に編入されたことにより、該当地区の児童が白石町立北明小学校へ転出。
1957年(昭和32年)4月 – 干拓分校を設置。干拓地内青年隊舎を校舎とし、干拓入植者1~4年の児童を収容。12月 – 干拓分校の校舎が完成。
1959年(昭和34年)8月 – プールが完成。
1961年(昭和36年)3月 – 完全給食を開始。
1962年(昭和37年)4月1日 – 有明村立中学校3校(有明東・有明南・有明西)が統合の上、「有明村立有明中学校」が開校。統合校舎完成までの間、旧・有明東中の校舎は「東校舎」として存続。10月1日 – 町制施行により「有明町立有明東小学校」に改称。
1964年(昭和39年)9月 – 有明中学校の統合校舎が完成したため、東校舎は廃止の上、小学校に移管される。
1975年(昭和50年)- 創立100周年記念式典を挙行。
1976年(昭和51年) – 干拓分校を新明分校に改称。
1987年(昭和62年)3月 – 鉄筋コンクリート造3階建ての新校舎が完成。新明分校を廃止。
2005年(平成17年)1月1日 – 3町合併により、「白石町立有明東小学校」(現校名)に改称。
2024年(令和6年)3月 – 白石町立有明中学校の閉校により、中学校区が白石町立白石中学校となる。
2026年(令和8年)3月31日 -「有明小学校」新設のため閉校。[1]

[1]出典:Wikipedia

白石町立有明東小学校の校舎

白石町立有明東小学校の校舎

有明東小学校の校舎は、1987年(昭和62年)に建てられた鉄筋コンクリート3階建ての建物です。

白石町立有明東小学校の校舎

立派な体育館です。

有明東(ありあけひがし)小学校がある場所

有明東(ありあけひがし)小学校がある場所

有明東小学校校区(画像出典:学区マップ)

有明東(ありあけひがし)小学校がある場所は、佐賀県杵島郡白石町の牛屋(うしや)です。

有明東小校区は、牛屋・西分・東分・新明一区・新明二区・新開などの集落からなり、校区は有明海に面しています。

佐賀県鹿島市から、国道444号線を白石町福富へ向かう途中の西側、白石警察署南有明警察官駐在所の向かい側に校舎があります。

有明東小校区の歴史

有明東小学校がある校区は、江戸時代には、「牛屋(うしや)村」と呼ばれていた肥前佐賀藩領です。

1889年(明治22年)の町村制の施行で、牛屋村は「横手村」と合併し「南有明(みなみありあけ)村」が誕生します。

1955年(昭和30年)9月、南有明村は「旧・有明村」と合併して、新設の「有明(ありあけ)村」になります。

1962年(昭和37年)、有明村が町制施行して「有明(ありあけ)町」となります。

2005年(平成17年)には、有明村が、旧白石町・福富町と合併し、あらためて新設「白石町」ができました。

現在、有明東小学校がある校区の住所は佐賀県白石町の大字が牛屋・新明となっています。

有明東小校区の特産

有明東小校区がある白石町は、佐賀県の真ん中より少し南にあり、有明海に面した中世から干拓事業によってつくられた白石平野に広がる町です。

白石町には、果皮と果肉の硬度が高く、日持ちもよいと評判のイチゴ「さのほのか」、粘土質の師らの平野で育ったもっちりした食感の「れんこん」、北海道に次ぐ全国2位の生産量の佐賀県で、7割近くが白石町で作られている「たまねぎ」などがあります。

また、「しろいしてんぺ」と呼ばれる、煮大豆をテンペ菌で発酵させた白石の特産物があります。

煮大豆と比較して、鉄分やカルシウム・ビタミンB1が2倍以上ふくまれ栄養価も高く、美容と健康によいとされるイソフラボンも豊富に含まれ「健康食」として注目されています。

有明東小校区の名所

有明東小校区の名所

谷神社の浪(波)切不動明王立像(画像出典:グーグルマップ)

豊前坊(松土居跡)

有明東小校区の牛屋東分(うしやひがしぶん)には、1624年~1643年(江戸時代・寛永年間)に土木・治水の神様といわれた「成富兵康茂安」によって完成された強固な干拓堤防の「松土居」がありました。

福富町住ノ江から横手を経て、戸ヶ里の水門まで約9kmにもおよぶ雄大な規模をもった堤防で、名前のとおり土居には「松並木」が散在していました。

その後、松土居の外側に新しい堤防が築かれたことで、防波堤の役目がなくなって土居もこわされ水田となりましたが、この豊前坊(谷神社) の境内にその名残をとどめています。

また、拝殿前には1927年(昭和2年)3月に建立された「波切不動明王」立像があり、顔をしかめて両目を見開きながら右牙を上に左牙を下に出し、右手にすべての災厄を切り払う剣として「三鈷剣」を持ち、左手に衆生を救う縄といわれる「羂索」を持ちながら、岩座(盤石座)に建っています。

この場所は現在、牛屋東分農村公園として親しまれています。

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白石町とその地域 [佐賀県]
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