北川内(きたかわうち)小学校 [平成29年閉校] 八女市立
福岡県の廃校・校跡

北川内(きたかわうち)小学校 [平成29年閉校] 八女市立

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『北川内小学校』は、福岡県八女市の上陽町の「北川内小校区」の子どもたちが通っていた小学校です。

2006年(平成18年)に横山小学校が閉校してからは、八女市上陽町内全域が北川内小校区となりました。

北川内(きたかわうち)小学校の閉校式はいつ?

八女市立北川内小学校は、2017年(平成29年)3月31日で閉校になりました。

4月より北川内小校区の児童は、義務教育学校「上陽北汭(ほくぜい)学園」に通っています。

北川内小校地にあった校舎は解体され、跡地は駐車場になっています。

「上陽北汭学園」の校舎は、旧上陽中学校のものを使っていますが、2011年(平成23年)に東校舎が増築されています。

北川内(きたかわうち)小学校の校歌
※北川内小の校歌の情報がありませんので、ご存じのかたは上記の「レビューボタン」より歌詞の情報提供をよろしくお願いいたします。

北川内(きたかわうち)小学校 [八女市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 北川内小学校
住所 〒834-1222 福岡県八女市上陽町笠原4341
閉校年月日 2017年(平成29年)
沿革 1874年(明治7年)- 北川内村と横山村の一部を校区に洗玉小学校・室園小学校として発足。
1875年(明治8年)- 洗玉小学校・室園小学校を統合し、一ノ花に新築移転。校名を、琢成小学校としさらに「北川内小学校」と改称。
1884年(明治17年)- 文部賞表彰。
1902年(明治35年)- 横山村立松崎小学校が新設され、北川内小学校から分離。
1915年(大正4年)- 旌表旗(せいひょうき)を授与される。
1917年(大正6年)- 誠・愛・勇の校訓を制定。
北川内小学校は、現在の運動場にかわらぶき平屋建て2棟を新築、そのあと講堂・特別教室など増築。
1947年(昭和22年)- 学制改革にともない松崎小学校と合併。
1972年(昭和47年)5月 – 西運動場に鉄筋三階建て建設工事竣工。
1973年(昭和48年)2月 – 屋内運動場増築。8月 – 元校舎・講堂の跡に新運動場が造成。
1974年(昭和49年)11月 – 創立100周年記念事業を挙行。
2017年(平成29年)3月31日 – 上陽北汭学園新設のため閉校。

八女市立北川内小学校の校舎

八女市立北川内小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

北川内小学校の校舎は、鉄筋コンクリート造の2階建てで1972年(昭和47年)に建設されました。

八女市立北川内小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

同じ場所から、2023年(令和5年)に撮られた写真です。校舎は、2017年(平成29年)に解体され、跡地は地域住民の要望が多かった駐車場となっていました。

八女市立北川内小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

別角度から撮られた北川内小学校校舎と、左のプレハブは「学童保育所」でした。

八女市立北川内小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

同じ角度から撮った解体後の様子です。すっかり様変わりして駐車場として機能していました。この場所にあった学童保育所のプレハブも別に移動しています。

八女市立北川内小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

北川内小学校のプールは、現在も祇園堂公民館近くにあり上陽北汭学園の児童が利用しています。

北川内(きたかわうち)小学校がある場所

北川内(きたかわうち)小学校がある場所

上陽町地区(画像出典:上陽地区まちづくり協議会)

北川内(きたかわうち)小学校がある場所は、福岡県八女市の上陽町北川内です。

北川内地区は、旧上陽町(単独自治体のころ)の中で町役場(現・八女市役所上陽町支所)が置かれていた中心地です。

その上陽町は、福岡県の南部に位置する四方を山に囲まれた自然豊かな町です。

町を流れる星野川・横山川・下横山川はいずれもホタルが生息する清流として名高く、町内には石橋(眼鏡橋)が13個も存在していてこの2つは旧上陽町時代の観光資源でした(現在は八女市)。

北川内小学校は上陽町唯一の小学校

上記の地区別地図見てもらうとわかりますが、上陽町は北川内地区・久木原地区・尾久保地区・下横山地区・上横山地区・東山地区に大きく分かれています。

そして、かつてこの地区それぞれに小学校が存在していました。

まず、久木原(くきはら)小学校が、1998年(平成10年)に閉校。続いて、2002年(平成14年)には下横山(しもよこやま)小学校と尾久保(おくぼ)小学校が閉校します。

同年、上横山(かみよこやま)小学校と、東山(ひがしやま)小学校が統合(閉校)となり、上横山小学校の場所に「横山(よこやま)」小学校があたらしく開校しました。

しかしながら、その4年後の2006年(平成18年)には「横山小学校も閉校して、上陽町のなかの小学校は「北川内小学校」のみとなりました。

同年、上陽町が福岡県八女市に編入となり、2017年(平成29年)八女市立だった北川内小学校は、隣接している上陽中学校と統合し義務教育学校「上陽北汭(ほくぜい)学園」が誕生しました。

北川内小学校の校舎は解体して現在はありませんが、校区の児童は隣接の旧上陽中学校校地にある「上陽北汭学園」の校舎で元気に学んでいます。

北川内小校区の歴史

北川内小学校がある校区は、江戸時代にはそれぞれ北川内村、久木原村、本分村、下横山村、上横山村と呼ばれていて、筑後久留米藩の領下でした。

明治22年の町村制の施行により、下横山村と上横山村、そして北川内村の一部(字堤谷・白木平・北向)と水原村(一部)が合併し、横山村が誕生しました。

同年、北川内村(字堤谷・白木平・北向をのぞく)と久木原村、本分村(一部)が合併して、新設「北川内村」ができました。

1948年(昭和23年)、横山村の小椎尾と下横山の一部が上広川村に、下横山と上横山の一部が北川内村へそれぞれ編入となりました。

1953年(昭和28年)、北川内村は町制施行して「北川内町」となります。

1958年(昭和33年)、北川内町と横山村が合併して、上陽町が発足しました。

2006年(平成18年)には、上陽町が八女市に編入されました。現在の北川内小学校があった住所は福岡県八女市上陽町北川内となっています。

北川内小校区の伝統芸能

北川内小校区の伝統芸能

上陽祇園祭(画像出典:八女市商工会)

上陽祇園祭

福岡県八女市上陽町の北川内小校区には「上陽祇園祭(じょうようぎおんさい・まつり)」という伝統行事があります。

祇園堂にある須賀神社(祇園神社)には、すさのおのみことが祀られていて、毎年7月15日には祭神である須賀神社から町商店街までの道路約500mを、子供みこし・青年みこし・大人みこしなど10基の神輿(みこし)が力水を浴びながら巡行します。

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