長崎市とその地域 [長崎県]

長崎市とその地域 [長崎県]

長崎市(ながさきし)は、長崎県の南西部に位置する市で県庁所在地として、県内でもっとも人口が多い市として九州で7番目に位置しています。

西彼杵半島と長崎半島(野母半島)および、周辺の島からなり、西の五島灘、北の大村湾、東の橘湾、南の天草灘に囲まれ、長い海岸線を有しています。

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Information

長崎市(ながさきし)

長崎市(ながさきし)

市制・町村制施行直後の、長崎市地域

市制・町村制施行直後の、長崎市地域

出典:市町村変遷パラパラ地図

町村制の沿革 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行におり次の町村が発足
長崎市(上長崎村・下長崎村の各一部の区域)
西彼杵郡:
上長崎村(上長崎村の残部)・下長崎村(下長崎村の残部)・戸町村・淵村(←浦上淵村・神ノ島村)・浦上山里村・西浦上村・小ヶ倉村・土井首村(←土井首村・竿浦村・平山村)・福田村・深堀村(←深堀村・大籠村・香焼村)・日見村・茂木村・式見村・矢上村・三重村・伊王島村(←伊王島・沖ノ島)・高島村(高島)・野母村・脇岬村(脇御岬村)・樺島村・高浜村・為石村・川原村・蚊焼村(←蚊焼村・布巻村)・神浦村・黒崎村・村松村・長浦村

北高来郡:戸石村・古賀村

町村制以降の沿革 1898年(明治31年)7月1日 - 深堀村から香焼村が分立する。10月1日下長崎村の全域及び上長崎村・戸町村・淵村の各一部を編入する。淵村から小榊村が分立する。
1919年(大正8年)10月1日 - 茂木村が町制施行、茂木町となる。
1920年(大正9年)10月1日 - 上長崎村・浦上山里村を編入する。
1938年(昭和13年)4月1日 - 西浦上村・小ヶ倉村・土井首村・小榊村を編入する。
1948年(昭和23年)10月1日 - 高島村が町制施行、高島町となる。
1950年(昭和25年)4月1日 - 福田村の一部を編入する。
1955年(昭和30年)1月1日 - 福田村・深堀村を編入する。2月1日 - 日見村を編入する。2月11日矢上村・戸石村・古賀村が新設合併し町制施行、東長崎町が発足。為石村・川原村・蚊焼村が新設合併し町制施行、三和町が発足。神浦村・黒崎村が新設合併し、外海村が発足。4月1日 - 高浜村の一部・野母村・脇岬村・樺島村が新設合併し町制施行、野母崎町が発足。同日、高浜村の残部(端島名)と高島町が新設合併し、あらためて高島町が発足。
1959年(昭和34年)1月15日 - 村松村の一部と長浦村が新設合併し、琴海村が発足。
1960年(昭和35年)5月3日 - 外海村が町制施行、外海町となる。
1961年(昭和36年)11月3日 - 香焼村が町制施行、香焼町となる。
1962年(昭和37年)1月1日 - 茂木町・式見村を編入する。5月20日 - 伊王島村が町制施行、伊王島町となる。
1963年(昭和38年)4月20日 - 東長崎町を編入する。1969年(昭和44年)1月1日 - 琴海村が町制施行、琴海町となる。
1973年(昭和48年)3月31日 - 三重村を編入する。4月1日 - 時津町の一部(横尾地区)を編入する。
2005年(平成17年)1月4日 - 香焼町・伊王島町・高島町・野母崎町・三和町・外海町を編入する。
2006年(平成18年)1月4日 - 琴海町を編入する。[1]
市役所と地域センター 長崎市役所
小ヶ倉地域センター
野母崎地域センター
滑石地域センター
日見地域センター
西浦上地域センター
外海地域センター
香焼地域センター
茂木地域センター
外海地域センター黒崎事務所
外海地域センター池島事務所
琴海地域センター長浦事務所
土井首地域センター
小榊地域センター
戸石地区事務所
古賀地区事務所
琴海地域センター
伊王島地域センター
式見地域センター
三重地域センタ―
東長崎地域センター・古賀地区事務所・戸石地区事務所
高島地域センター

出典:[1] wikipedia

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