有明南(ありあけみなみ)小学校 [令和8年閉校] 白石町立
佐賀県の廃校・校跡

有明南(ありあけみなみ)小学校 [令和8年閉校] 白石町立

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『有明南(ありあけみなみ)小学校 』は、佐賀県杵島郡白石町の深浦にある「有明南小校区(深浦・坂田のうち古賀今橋地区は自由校区))」の子どもたちが通っている小学校です。

ふるくは、竜王小学校という校名で親しまれてきた創立145年の歴史ある小学校です。

有明南(ありあけみなみ)小学校の閉校式はいつ?

白石町立有明南小学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、2025年(令和7年)12月7日(日曜日)に、体育館・グラウンドにて「閉校のつどい」が開催されました。

閉校のつどい 内容

1.開会・学年発表
2.感謝の会
3.特別企画 空撮大集合!

2026年(令和8年)3月24日(火曜日)には、午後1時から午後2時まで「閉校記念式典」をとりおこないます。

閉校記念式典(場所:有明南小体育館)

1.国歌斉唱
2.町長式辞
3.校長挨拶
4.児童の言葉
5.校歌斉唱
6.校旗返納

同年4月1日より、有明南小校区の子どもたちは同時閉校した「有明西小」「有明東小」の児童とともに新設される「有明小学校」へ通います。

新設「有明小学校」で閉校する中学校

⇒ 有明東小学校
⇒ 有明西小学校
⇒ 有明南小学校

有明南(ありあけみなみ)小学校の校歌
1.峰美しき 白岩の
谷よりわきづる 清流を
流るる水の 清らかさ
心に秘めて
われら 有明南小学校

2.しらぬ火燃ゆる 有明の
海よりのぼる 太陽の
光をいっぱい 身に受けて
強く育たん
われら 有明南小学校

3.森の緑に 包まれし
古き歴史の 学びやに
若き希望と 力とを
呼びかわしつつ
われら 有明南小学校

有明南(ありあけみなみ)小学校 [白石町] のデータ

 

住所・閉校年月日・沿革
名称 有明南小学校
住所 〒849-1207 佐賀県杵島郡白石町深浦5582
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1880年(明治13年) -「公立中等深浦小学校」が創立。牛間田(うしまだ)に分教場を設置の上、郁文分校と称する。
1886年(明治19年)4月 – 小学校令施行により、尋常科(4年制)を設置の上、「尋常深浦小学校」に改称。尋常錦浦小学校に十二ヶ村組合立高等東郷小学校が併設される。
1889年(明治22年)4月1日 – 町村制施行により、杵島郡2村(深浦、坂田)が合併し、竜王村[2]が発足。
1890年(明治23年)- 郁文分校を牛間田分校に改称。
1892年(明治25年)11月 – 「竜王尋常小学校」に改称。牛間田分校が分離の上、牛間田尋常小学校として独立。高等東郷小学校は白石高等小学校に改称。
1893年(明治26年)- 「十二ヶ村組合立福富高等小学校」(2年制)が福富尋常小学校に併置される。高等科3・4年生に関しては白石高等小学校へ委託。
1895年(明治28年)4月 – 坂田地区の児童が環里尋常小学校から転入。
1897年(明治30年)1月 – 牛間田尋常小学校を統合の上、牛間田分校とする。
1899年(明治32年)- 四ヶ村(竜王・錦江・南有明・北有明)組合立錦浦高等小学校が南有明村に開校。
1900年(明治33年)9月 – 錦浦高等小学校の廃止により、高等科を併置の上、「竜王尋常高等小学校」に改称。
1908年(明治41年)4月 – 改正小学校令により、尋常科(義務教育)が6年制、高等科が2~3年制に変更となる。
1909年(明治42年)4月 – 深浦に校舎1棟を新築し、室島の旧校舎を分教室とする。
1913年(大正2年)3月 – 校舎2棟が完成し、室島の分教室を廃止。牛間田分校の校舎を新築。
1920年(大正9年)10月 – 農業補習学校が併置される。
1923年(大正12年)- 農業補習学校に女子部が設置される。
1926年(大正15年)- 併置の農業補習学校が青年訓練所充当となる。
1928年(昭和3年)10月 – 講堂等が完成。
1935年(昭和10年)- 併置の農業補習学校が青年学校となる。
1941年(昭和16年)4月1日 – 国民学校令施行により、「竜王村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
1947年(昭和22年)4月1日 – 学制改革が行われる。竜王村国民学校の初等科は、新制小学校「竜王村立竜王小学校」に改組・改称。竜王村国民学校の高等科は青年学校の普通科とともに、新制中学校「竜王村立竜王中学校」に改組され、小学校に併置される。
1953年(昭和28年)9月 – 教室を図書館に改築。
1955年(昭和30年)4月1日 – 2村(竜王・錦江)合併により、「有明村立竜王小学校」に改称。9月30日 – 南有明村が有明村に編入されたことにより、「有明村立有明南小学校」に改称。
1960年(昭和35年)8月 – プールが完成。
1962年(昭和37年)3月 – 校旗・校歌を制定。4月1日 – 有明村立中学校3校(有明東・有明南・有明西)が統合の上、「有明村立有明中学校」が開校。統合校舎完成までの間、旧・有明南中の校舎は「南校舎」として存続。10月1日 – 町制施行により「有明町立有明南小学校」に改称。
1963年(昭和38年)3月 – 牛間田分校で図書室が完成。
1964年(昭和39年)2月 – 給食を開始。9月 – 有明中学校の統合校舎が完成したため、南校舎は廃止の上、小学校に移管される。
1965年(昭和40年)4月 – 南校舎をわかば保育園に転用。
1973年(昭和48年)2月 – 2階建て西校舎2棟(12教室)が完成。
1974年(昭和49年)2月 – 運動場を整備。
1977年(昭和52年)- 体育館が完成。
1980年(昭和55年)6月 – 創立100周年記念式典を挙行。10月 – 小プールが完成。12月 – 校訓を制定。
1992年(平成4年)3月 – 鉄筋コンクリート造3階建て(一部4階建て)の新校舎が完成。
1997年(平成9年)3月 – 新プールが完成。
1998年(平成10年)4月 – 特殊学級を新設。
2000年(平成12年)9月 – 牛間田地区急傾斜地崩壊対策工事のため、牛間田分校の児童を本校に収容(翌2001年(平成13年)3月まで)。
2001年(平成13年)11月 – 学童保育を開始。牛間田分校跡2003年(平成15年)3月31日 – 牛間田分校が閉校。最終所在地(牛間田分校)- 佐賀県杵島郡白石町深浦3311番地
2005年(平成17年)1月1日 – 3町合併により、「白石町立有明南小学校」(現校名)に改称。
2007年(平成19年)8月 – AEDを設置。
2009年(平成21年)8月 – 旧校舎を解体。
2024年(令和6年)3月 – 白石町立有明中学校の閉校により、中学校区が白石町立白石中学校となる。
2026年(令和8年)3月31日 -「有明小学校」新設のため閉校。[1]

[1]出典:Wikipedia

白石町立有明南小学校の校舎

白石町立有明南小学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

有明南小の校舎は、1992年(平成4年)に建てられた、鉄筋コンクリート造の3階建て(一部4階建て)です。

有明南(ありあけみなみ)小学校がある場所

有明南(ありあけみなみ)小学校がある場所

有明南小学校校区(画像出典:学区マップ)

有明南(ありあけみなみ)小学校がある場所は、佐賀県杵島郡白石町の深浦(ふかうら)です。

有明南小校区は、坂田・古賀・室島・坂田・原田・竜王・深浦東分・深浦西分・百貫・古渡・大谷・牛間田・白岩などの集落からなり、校区の南には塩田川が流れそのまま有明海へとつながっています。

学校は、白石町の戸ヶ里方面から国道207号線を南下し、JR長崎本線の線路を過ぎ佐賀県道214号線との「室島北」交差点を西に進み、彦嶋神社近くの深浦地区に校舎が建っています。

有明南小校区の歴史

有明南小学校がある校区は、江戸時代には、「深浦(ふかうら)村」・「坂田(さかた)村」と呼ばれていた肥前佐賀藩領です。

1889年(明治22年)の町村制の施行で、深浦村と坂田村が合併し「竜王(りゅうおう)村」が誕生します。

1955年(昭和30年)4月、竜王村は「錦江(にしきえ)村」と合併して、「有明(ありあけ)村」が発足します。

1962年(昭和37年)、有明村が町制施行して「有明(ありあけ)町」となります。

2005年(平成17年)には、有明村が、旧白石町・福富町と合併し、あらためて新設「白石町」ができました。

現在、有明南小学校がある校区の住所は佐賀県白石町の大字が深浦・坂田となっています。

有明南小校区の特産

有明南小校区がある白石町は、佐賀県の真ん中より少し南にあり、有明海に面した中世から干拓事業によってつくられた白石平野に広がる町です。

白石町には、果皮と果肉の硬度が高く、日持ちもよいと評判のイチゴ「さのほのか」、粘土質の師らの平野で育ったもっちりした食感の「れんこん」、北海道に次ぐ全国2位の生産量の佐賀県で、7割近くが白石町で作られている「たまねぎ」などがあります。

また、「しろいしてんぺ」と呼ばれる、煮大豆をテンペ菌で発酵させた白石の特産物があります。

煮大豆と比較して、鉄分やカルシウム・ビタミンB1が2倍以上ふくまれ栄養価も高く、美容と健康によいとされるイソフラボンも豊富に含まれ「健康食」として注目されています。

有明南小校区の名所

有明南小校区の名所

龍王崎古墳群の地図

龍王崎古墳群

有明南小校区には、海童神社の境内の背後に、全部で20基の古墳がならぶ「龍王崎(りゅうおうざき)古墳群」があります。

築造は、5世紀後半から6世紀代といわれていて、調査が終わった6基はいずれも「横穴式石室」をもつ円墳(14m~17m)で、出土した銅鏡や装身具(金銅製耳環・鉄環・勾玉・管玉・腕輪など)、武器、馬具、工具などの副葬品は、1979年(昭和54年)に佐賀県の重要文化財に指定されています。

6号墳にかんしては、覆屋で保護されていますがガラス越しに見学できるようになっています。

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白石町とその地域 [佐賀県]
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