穂北(ほきた)中学校 [令和8年閉校] 西都市立
宮崎県の廃校・校跡

穂北(ほきた)中学校 [令和8年閉校] 西都市立

  • 13

『穂北(ほきた)中学校 』は、宮崎県西都市南方にある穂北小校区(杉安町・杉安村・椿原・坂江・島内町・島内村・立野・中須・下水流・千田・山島津・山城・串木・竹尾・八重山・平原・樫長尾・牛掛・囲・千畑・杉尾・椎原・津々志・平ヶ八重・北陵・童子丸の一部・銀上小校区以外の東米良地区全域及び片内)と光・春日・新開・柳迫地区以外の茶臼原小校区(原無田・一の谷・緑ケ丘・前原・宮の前・二本松・上原・城ケ原・轟・児屋根・穂浪・上野)の子どもたちが小学校を卒業して進学した中学校です。

穂北(ほきた)中学校の閉校式はいつ?

西都市立穂北中学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、同年3月21日(土曜日)の午前9時30分から「閉校式典」がおこなわれます。

閉校記念式典(場所:穂北中体育館)

受付:午前9時~
開始:午前9時30分から
終了:午後12時30分まで

穂北中学校感謝の会(場所:源泉掛け流し温泉 妻湯)

開始:午後6時~

穂北中学校は、生徒数78名(令和7年度)ですが、西都市にある5つの中学校の再編のため閉校します。

2026年(令和8年)4月1日より、穂北中校区の子どもたちは、西都市内の同時閉校した妻中・都於郡中・三納中・三財中の子どもたちと一緒に、新しく開校する「西都(さいと)中学校」に通います。

西都中学校の校舎は、そのまま妻中学校のものを再利用します。

穂北(ほきた)中学校の校歌
1.ふり仰ぐ 尾鈴の高嶺(たかね)
あたらしき 青葉萌(も)えたち
うち集(つど)う 町山附(づ)きに
ああ 若き日の
希望求めん

2.陽光(ひかり)充(み)つ 学びの庭に
たゆまざる強き意志もて
この窓辺 真理(まこと)をきわめ
ああ 美(うるわ)しき
精神(こころ)磨かん

3.穂波ゆる 壽(ほ)き田の里に
さわやかな 歌声あふれ
いま刈らん 文化の糧(かて)を
ああ 次の世に
伸びる生命(いのち)と

穂北(ほきた)中学校 [西都市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 穂北中学校
住所 〒881-0027 宮崎県西都市南方2276
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1947年(昭和22年)4月30日 – 学制改革(六・三制の実施)により、学校設立が認可される。久野分校を設置。5月8日 – 新制中学校「上穂北村立上穂北中学校」が開校。
1952年(昭和27年)4月18日 – 校旗が京都より着荷。
1954年(昭和29年)3月18日 – 校歌を制定。
1955年(昭和30年)4月1日 – 西都町の発足に伴い、「西都町立上穂北中学校」に改称。
1956年(昭和31年)7月21日 – 体育館兼講堂が完成。
1958年(昭和33年)11月1日 – 市制施行に伴い、「西都市立穂北中学校」(現校名)に改称。「上」が除かれる。
1961年(昭和36年)4月1日 – 女子制服を制定。
1966年(昭和41年)3月31日 – 久野分校を廃止。
1980年(昭和55年)3月27日 – 校訓を制定。
1982年(昭和57年)4月1日 – 西都市立尾八重中学校を統合。
1987年(昭和62年)4月1日 – 西都市立東陵中学校を統合。
1996年(平成8年)- 創立50周年記念式典を挙行。
2026年(令和8年)3月31日 – 「西都中学校」新設のため閉校  [1]

[1] 出典:Wikipedia

西都市立穂北中学校の校舎

西都市立穂北中学校の校舎

穂北中学校の校舎は、3階建て鉄筋コンクリートの建物です。うしろに2階建ての別棟もあります。

穂北(ほきた)中学校 [令和8年閉校] 西都市立

穂北中の体育館です。

穂北(ほきた)中学校 [令和8年閉校] 西都市立

校舎の裏側です。テニス部のテニスコートと奥に体育館が見えます。

穂北(ほきた)中学校 [令和8年閉校] 西都市立

自転車通学者用の駐輪場からみた穂北中学校の校舎です。

 

穂北(ほきた)中学校がある場所

穂北(ほきた)中学校がある場所

穂北中校区(画像出典:学区マップ)

2026年(令和8年)に閉校する『穂北(ほきた)中学校』は、宮崎県の中央部に位置する西都市の北部「穂北」にある学校です。

江戸時代には、 南方村・穂北村・調殿村・童子丸村と呼ばれていた地域です。

1889年(明治22年)には町村制の施行で、南方村・穂北村・調殿村・童子丸村が合併し、「上穂北(かみほきた)村」が誕生しました。

1955年(昭和30年)、上穂北村が「妻町」と合併し、「西都(さいと)町」が発足します。

同年、西都町は制施行して「西都市」となり、現在「穂北中学校」の住所も宮崎県西都市で、大字が南方となっています。

穂北の特産品

宮崎県西都市の穂北地区で栽培されている「完熟いちご」は、地元の老舗菓子店「水野屋(西都市中妻)」の冬の苺大福に使われるほど、甘さと品質が高く評価されています。

また、穂北を含む西都市の特産・農作物は、ピーマン・きゅうり・マンゴー・金柑などが一大生産地として有名です。

穂北中校区の名所・伝統芸能

穂北中校区の名所・伝統芸能

下水流臼太鼓踊(画像出典:西都市観光協会)

下水流臼太鼓踊

宮崎県西都市の南方下水流地区には、地元で「ウスデコ」と呼ばれ、毎年旧暦8月1日に「五穀豊穣」と「水難・火除け」の祈願をこめて、近くの南方神社・一ツ瀬川河川敷・火の神前で奉納される太鼓踊りがあります。

他の地区と比べてテンポが速く、活発で激しい踊りが特徴で国選択無形民俗文化財と宮崎県無形民俗文化財に指定されています。

はじまりは、1592年~1598年(江戸時代文禄・慶長の役)のとき、加藤清正軍が敵を油断させようと、背中に3本の槍(やり)に飾りをつけたものを背負い、臼太鼓を胸にかかえ踊りながら敵陣に近づいて、臼太鼓の中から隠し持った小刀を取り出し、攻め込んで勝利したことが由来です。

特色は、4組分かれて縦陣・円陣など隊形を変化させながら、躍動感ある踊りを見せるところにあります。

踊りの編成は、、鉦(かね)4人・歌い手4人・太鼓16人の総勢24人が一組になり、演目は「あそ」「五条」「四節」「坂鉦」「小野」「かせ」の6曲です。

南方が校区の「穂北中学校」でも、この伝統的な踊りを下水流臼太鼓踊保存会の指導のもと、体育大会などで披露しています。

杉安川仲島公園

杉安川仲島公園

杉安川仲島公園のプール(画像出典:グーグルマップ)

「杉安川仲島公園(すぎやすかわなかじまこうえん)」は、西都市大字穂北字川仲島地内にある野球グラウンドや遊具のある広場です。

現在、プールは施設が老朽化にともない当面のあいだ休止となっています。

かつては、流れるプールとウォータースライダーが公共プール料金で楽しめて、遊んだ子どもたちも多かったのではないでしょうか。

情報の追加・修正をする

さらに詳しくこの地域を知る↓

西都市とその地域 [宮崎県]
西都市とその地域 [宮崎県]

運営会社

     

おすすめ 校歌サイト