五木(いつき)中学校 [令和8年閉校] 五木村立
熊本県の廃校・校跡

五木(いつき)中学校 [令和8年閉校] 五木村立

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『五木(いつき)中学校 』は、熊本県球磨郡五木村の甲にある「五木東小校区(五木村内全域)」の子どもたちが小学校を卒業して進学した中学校です。

五木(いつき)中学校の閉校式はいつ?

五木村立五木中学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

五木中の閉校記念式典は、2026年(令和8年)3月14日(土曜日)に同時閉校する「五木東小学校」との合同閉校式(場所:五木東小体育館)が、9時半よりとりおこなわれます。

閉校記念式典 内容

閉校記念碑除幕式:午前9時30分から午前11時まで
記念除幕式:午前11時30分からお昼12時まで
閉校記念感謝の会:お昼12時30分から午後2時まで

同年4月1日より、五木中校区の生徒たちは、小中一貫の義務教育学校「五木学園」へ通います。

新設「五木学園」で閉校する小中学校

五木中学校
五木東小学校

五木(いつき)中学校の校歌
1.栄枯を秘めし古の
歴史の後を顧みて
緑に映ゆる故里に
希望あふるる新生の
歩みを進む我が五中

2.泉をここに大球磨の
流れは巡る山幾重
伸び行く木々に美し谷
人の力を思いつつ
務めに励む我が五中

3.鍛ゆる体たくましく
育む心健やかに
真理を追える若人が
自治の気魄に燃ゆる時
理想は招く我が五中

五木(いつき)中学校 [五木村] のデータ

 

住所・閉校年月日・沿革
名称 五木中学校
住所 〒868-0201 熊本県球磨郡五木村甲2913−1
閉校年)月日 2026年(令和8年)
沿革 1947年(昭和22年) 4月 – 学制改革が行われ(六・三制の実施)、以下の新制中学校および分校が設置される。初代校長に中根晃が着任。
「五木村立五木中学校」(本校、五木村立五木東小学校に併設)
南分校(五木村立五木南小学校に併設)が開校。
北分校(五木村立五木北小学校に併設)が開校。
西分校(五木村立五木西小学校に併設)が開校。
下梶原分校(五木村立五木東小学校下梶原分校に併設)が開校。
1951年(昭和26年)10月 – 五木村甲(池の鶴)777番地1に、中学校本校専用の木造新校舎が完成。五木東小学校との併設を解消。
1953年(昭和28年)4月 – 端海野分校を新設(五木村立五木西小学校端海野分校に併設)。
1956年(昭和33年)4月 – 平沢津分校を新設(五木村立五木北小学校平沢津分校に併設)
1962年(昭和37年)3月 – 本校体育館が完成。4月 – 北分校が独立。
五木村立五木中学校を「五木村立五木第一中学校」に改称。分校4校(南・西・下梶原・端海野)を所管。
北分校が分離の上、「五木村立五木第二中学校」として独立。分校1校(平沢津)を所管。
1963年(昭和38年)4月 – 中道分校を新設(第二中学校が所管、五木村立五木北小学校中道分校に併設)。
1972年(昭和47年)9月 – 村内小中学校で完全給食を実施。
1973年(昭和48年)4月1日 – 南分校を休校とする。
1974年(昭和49年)4月1日 – 中道分校を休校とする。8月 – 第一中学校の夜間照明設備の設置が完了。
1975年(昭和50年)9月 – 中道分校を閉校(中道地区の住民が川辺川沿いの築切にある白水団地に集団移転したため)。
1976年(昭和51年)11月 – 第一中学校の武道館が完成。
1977年(昭和52年)8月 – 第二中学校の夜間照明設備の設置が完了。
1980年(昭和55年)4月 – 端海野分校を休校とする。9月 – 端海野分校を閉校。
1992年(平成4年)4月 – 南分校を閉校(五木村立五木南小学校も閉校)。
1995年(平成7年)4月1日 – 五木村内中学校が統合の上、「五木村立五木中学校」(現校名、二代目)となる。スクールバスの運行を開始。
2005年(平成17年)4月 – 五木中学校・人吉高校五木分校職員に兼務発令。
2007年(平成19年)9月1日 – 五木中学校と人吉高校五木分校、新校舎で授業開始(川辺川ダム建設で水没予定地になることから、頭地代替地に現新校舎が建設された)。10月26日 – 人吉高校五木分校と、新校舎の合同落成式を挙行。
2008年(平成20年) – 旧校舎の解体作業を実施。
2026年(令和8年)3月31日 – 義務教育学校「五木学園」開校にともない閉校。[1]

[1]出典:公式ホームページ・Wikipedia

五木村立五木中学校の校舎

五木村立五木中学校の校舎

五木中学校の新校舎は、2007年(平成19年)に建設されました。

五木村立五木中学校の校舎

校舎下のある運動場(グラウンド)の様子です。

五木村立五木中学校の校舎

五木中学校の体育館です。

五木(いつき)中学校がある場所

五木(いつき)中学校がある場所

五木中学校校区(画像出典:学区マップ)

五木(いつき)中学校がある場所は、熊本県球磨郡五木村の甲(こう)です。

五木中校区は、五木村全域にあたります。細かくは端海野・平沢津・白岩戸・小鶴・中村・出る羽・上平瀬・下平瀬・山口・内谷日当・内谷日添・高野・頭地・下谷・大平・宮目木・葛の八重・瀬目・八原・梶原・下梶原・入鴨・九折瀬・竹の川・白水・栗鶴・宮園・西谷・下平野・平野・八重の小さな集落からなります。

五木村は、熊も県南部の東西20km、南北18km、面積252平方キロメートルを占める村で、2020年(令和2年)の国勢調査時点で総人口931人と熊本県内最小の村です。

五木中学校の校舎は、村の中心部の五木村役場近く国道445号線の道の駅「子守唄の里 五木」の向かい側(西側)のひとつ下の台地にあり、人吉中心部から車で40分・氷川町から車で40分の場所に位置しています。

五木中校区の歴史

五木中学校がある校区は、江戸時代も人吉藩の「五木村」でした。

1889年(明治22年)の町村制の施行で、単独村制で「五木村」が誕生します。

当時は、南部にある四浦村(現:相良村)と町村組合をくんで行政をおこなっていましたが、1896年(明治26年)に役場を分類し、五木村役場を新泉寺に置きました。

現在、五木中学校がある校区の住所は、山間部に多くの小さな集落が点在するため、端海野・平沢津・白岩戸・小鶴・中村・出る羽・上平瀬・下平瀬・山口・内谷日当・内谷日添・高野・頭地・下谷・大平・宮目木・葛の八重・瀬目・八原・梶原・下梶原・入鴨・九折瀬・竹の川・白水・栗鶴・宮園・西谷・下平野・平野・八重のなどの地区を、行政上の大字である甲(こう)のみで記しています。

五木中校区の特産

五木中校区がある球磨郡の五木村地区は、「山うにとうふ(豆腐の味噌漬け」や希少な在来柑橘である「くねぶ」を加工したくねぶポン酢・くねぶゼリー、そして「馬肉燻製」「かりふわ油揚げ」などがあります。

五木中学校から近い道の駅「子守唄の里五木」で、豊かな自然で育まれた食材や、それらを活用した加工品がご購入いただけます。

五木中校区の伝統芸能

五木中校区の伝統芸能

下谷太鼓踊り

下谷の太鼓踊り

五木中校区には、五木村伝統芸能がいくつかありそのひとつに「下谷(しもたに)の太鼓踊り」があります。

下谷地区の「太鼓踊り」は、源平時代に戦場におもむく武士たちを鼓舞するため、出陣前に祝宴をおこなって、鉦(かね)・太鼓を打ち鳴らして踊ったものが継承されています。

戦いに敗れ、この地にたどりついた平家の落人が、なつかしい都(京都)の暮らしに思いをはせながら、踊り、心を慰めていたともいわれています。

現在は、年月の流れとともに祖先をうやまい、雨乞い・五穀豊穣の踊りとして発展し、五木村の5月に開催される「五木の新緑まつり」、11月の「五木の子守唄まつり」などで披露されています。

また太鼓踊りは、下谷地区だけではなく田口・梶原にも伝わる五木村の伝統芸能で、村の文化財指定となっています。

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五木村とその地域 [熊本県]
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