大分県の廃校・校跡

大山(おおやま)中学校 [旧校地] 平成27年移転

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『大山中学校』の旧校地は、大分県日田市大山町西大山4267番地にあった旧校舎の跡地です。

現在は、大山学校給食共同調理場と大山体育館として再利用されています。

大山(おおやま)中学校が移転したのはいつ?

日田市立大山中学校は、2015年(平成27年)に移転になりました。

大山中学校校区の生徒は、同年4月より、施設一体型の小中一貫教育学校「大山小中学校」に通っています。

新校舎は、大山町西大山3615−1に完成され、移転が完了しています。

大山(おおやま)中学校の校歌
1.緑濃き野瀨部台 この森陰に勇ましく
はばたく鷹の姿もて わかり理想をあらわして
学びの道をひとすじに 自由の権利自治の旗
仰ぐ我らの緑鷹会

2.大山川の清流に 若鮎おどり水砕く
この水汲みて学びたる 淡窓出でしはこの先ぞ
誇りは高し先人の 残せし偉業受けつがん
学ぶ我ら緑鷹会

3.生まれし歴史浅けれど 理想郷土の建設に
燃ゆる我らの熱情は 三年の学び世に伝え
文化の香りいや高し 民主社会のいしずえを
築く我らの緑鷹会

大山(おおやま)中学校 [旧校地] のデータ

住所・移転年月日・沿革
名称 大山中学校 [旧校地]
住所 〒877-0201 大分県日田市大山町大字西大山4267
移転年月 – 日 2015年(平成27年)
沿革 1947年(昭和22年)5月 – 新学制により開校。
1948年(昭和23年)8月 – 杉革葦年(平屋5教室の仮校舎竣工。9月 – 大山中学校育友会結成。
1949年(昭和24年)8月 – 本校舎木造年(平屋2棟竣工。9月 – 緑鷹会(生徒会)発足。
1953年(昭和28年)8月 – 特別教室棟(家・音・美)竣工。
1960年(昭和35年)3月 – 学校林1町4反歩の寄贈を受ける。4月 – 体育館(180坪)竣工。
1962年(昭和37年)3月 – 軽量鉄筋2階建4教室竣工。
1963年(昭和38年)10月 – ミルク給食実施。
1964年(昭和39年)12月 – 完全学校給食実施。
1966年(昭和41年)3月 – 軽量鉄筋2階建2教室竣工。9月 – 村営水泳プール完成。12月 – 鉄筋2階建校舎4教室竣工。
1968年(昭和43年)12月 – 鉄筋2階建4教室・管理棟竣工。
1969年(昭和44年)2月 – 町制施行大山町立大山中学校に。
1971年(昭和46年)12月 – 特別教室棟(音・美・技家)竣工。
1972年(昭和47年)8月 – 運動場夜間照明施設竣工。
1975年(昭和50年)9月 – 教育機械導入・視聴覚教室竣工。
1976年(昭和51年)12月 – 創立30周年式典挙行・図書館充実。
1977年(昭和52年) 9月 – 便所改築工事完了。12月 – 創立30周年記念事業庭園完成。
1983年(昭和58年)11月 – 大山中校歌制定。
1984年(昭和59年)2月 – 体育館フロアー補修工事完了。6月 – プール改築工事完了。
1985年(昭和60年)10月 – 体育館装飾幕・暗幕取り付け。
1986年(昭和61年)8月 – 本館中央通路・住宅移転完了。9月 – 部室・自転車置き場完成。10月 – 駐車場完成。
1987年(昭和62年)4月 – 各教室にTV、VTRデッキ設置。6月 – プール飛び込み台改修。
1988年(昭和63年)6月 – プールフェンス改修。
1989年(平成 元年)9月 – 校舎外装工事完了。
1990年(平成 2年)- 野球部雨天投球練習場完成。9月 – 校舎内装・体育館ガラス・同屋根改修工事完了。
1991年(平成 3年)1月 – 給食センター新築竣工。2月 – 体育館倉庫竣工。3月 – 武道場完成(旧給食センター跡)。
1993年(平成 5年)7月 – 体育館放送設備設置。
1994年(平成 6年)7月 – 2階教室に扇風機取り付け。11月 – 校内放送設備・配線工事完了。12月 – コンピューター教室完成。
1995年(平成 7年)3月 – コンピューター機器導入。校門及び運動場の歩道整備。
1996年(平成 8年)2月 – 給水設備増設(3ヶ所)。
1997年(平成 9年)7月 – コンピューター機器入れ替え。8月 – 韓国中学生84名本校生徒宅にホームステイ。
1999年(平成11年)3月 – 体育館竣工。10月 – 日田郡中体連駅伝大会アベック優勝。
2000年(平成12年)3月 – プール・武道場竣工。
2002年(平成14年)9月 – インターネット開通。
2005年(平成17年)3月 – 大山町の合併により、日田市立大山中学校となる。
2011年(平成23年)4月 – 全校生徒89名各学年1クラス、プレハブ校舎使用禁止。
2015年(平成27年)4月 – 新校舎へ移転。日田市立大山小中学校として、小中一貫教育を開始。

大山中学校 [旧校地] の校舎

大山中学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

大山中学校の旧校舎は、1968年(昭和43年)に建てられた鉄筋2階建てでしたが、現在は解体されてありません。

大山中学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

まだ道路が狭かった国道212号線から1本入った道に、畑の中にたたずむクリーム色の校舎が印象的でした。

大山中学校 [旧校地] の校舎

画像出典:日田盆地 -大分県日田市-

一般国道212号線が、大山中学校[旧校地]横に通っていましたが、1車線の幅員狭小のため「ひびきトンネル」から道が整備されて、車道幅員を6.5m・片側舗道3.5mの2車線道路である「響峠バイパス」が、2021年(令和3年)3月28日に開通しました。

道幅を広げるため、大山中学校の旧校舎も解体されたのかなと推測します。

大山中学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

2013年(平成25年)の大山中学校旧校舎と国道212号線です。車一台通れるかといった狭い道ですね。

大山中学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

同じ場所からみた2021年(令和3年)の国道212号線と、大山中学校旧校舎跡です。

響峠バイパスが開通したことで、道幅が広くなり、校舎も解体されたので景色が違って見えますね。

大山中学校 [旧校地] の校舎

現在、日田市立大山中学校の旧校地には、1999年(平成11年)に建てられた体育館と、翌年に建てられた武道場が残っています。

大山中学校 [旧校地] の校舎

旧校舎は解体されてしまったあとのようです。

大山中学校 [旧校地] の校舎

それでも、反対側の校門には大山町立大山中学校の学校銘板が残されていて、ここが中学校の旧校地であることが確認されました。

大山中学校 [旧校地] の校舎

避難所としての大山中学校、そして日田市立大山中学校という看板も見つかりました。

大山中学校 [旧校地] の校舎

とても新しく、まだまだ使えそうな体育館ですね。現在も大山体育館として機能しています。

大山中学校 [旧校地] の校舎

体育館と武道場をつなぐ渡り廊下のようなものも見えます。

大山中学校 [旧校地] の校舎

裏側からみた体育館です。右手前にあるのは1991年(平成3年)に新築された給食センターでしょうか。

大山中学校 [旧校地] の校舎

地域のかたが使えそうなスポーツ施設は、残されているといった感じです。

大山中学校 [旧校地] の校舎

建物の前には、忠霊塔もありました。

 

大山(おおやま)中学校 [旧校地] がある場所

大山(おおやま)中学校 [旧校地] がある場所は、大分県日田市の大山町西大山です。

場所は、日田市中心部を横断する国道386号線を豊後三芳駅近くで、県道674号線に分岐し南下すると、国道212号線と合流するのでそのまま5kmほど大山川に沿って南に進むと現在大山体育館になっている場所に校舎跡があります。

大山中学校がある大山町は、日田市の南部、熊本県との県境に位置しています。

南北には、筑後川の上流となる大山川が流れ、平地と山間部に約2300人が暮らしています。

大山町では、1961年(昭和36年)から鶯宿梅・すもも・エノキ茸・ハーブ・クレソンなど少量多品目栽培の特色のある農業が取り組まれていて、特に2月から3月にかけては大山町のあちこちで梅の花が咲き、甘い香りにつつまれます。

大山(おおやま)中学校区の歴史

大山中学校校区は、江戸時代にはそれぞれ高取村(高取本村・千丈・片瀬古)・小五馬村・栗林村・続木村・万々金村・鎌手村と呼ばれていて、西国筋郡代の幕府領でした。

1875年(明治8年)なると、町村の統合がおこなわれ、高取村の中の高取本村と千丈、そして小五馬村・栗林村・続木村が合併し「東大山(ひがしおおやま)村」となり、高取村の中の片瀬古と万々金村・鎌手村が合併し、「西大山(にしおおやま)村」となりました。

1889年(明治22年)には、西大山村と東大山村が合併し、「大山(おおやま)村」ができました。

1969年(昭和44年)、大山村は町制施行して「大山(おおやま)町」が誕生しました。

2005年(平成17年)、大山町は前津江村・中津江村・上津江村・天瀬町とともに、日田市へ編入合併となりました。

現在、旧校地のある場所は、大分県日田市大山町西大山となっています。

大山中学校区の文化

大山中学校区の文化

日田おおやま梅まつり

日田おおやま梅まつり

大山中学校のある大分県日田市大山町では、毎年2月中旬から3月中旬までの1か月間、「おおくぼ台梅園」と「ふるや台梅園」の2会場にて「日田おおやま梅まつり」を開催しています。

約9000本の梅の花とともに、豊作祈願祭(神事・献梅・玉串奉奠)、式典、ステージイベントや、出店、地元自治会によるイベントなどが催されます。

過去には、梅酒造おおやまや、大山ダムライトアップナイトなどがおこなわれました。

大山町自慢のブランド

大山町では、まず明治時代の終わりに関地区に長十郎(ちょうじゅうろう)、晩三吉(おくさんきち)という梨のブランドが植えつけられ、大正時代には西有田・高瀬・五和などの広範囲に梨団地が広がっていきました。

現在の大山町では、幸水・二十世紀・豊水・新高があらたにブランドに加わって、日田の梨として消費者に届けられています。

いっぽう、戦後『梅栗植えてハワイに行こう』というNPC運動という村おこしが、1961年(昭和36年)に大山町でおこり、米作にむかない山間部で収益性の高い果樹農業への転換を成功させ、これがのちに全国に広がる「一村一品運動」の原点になっています。

NPC運動

NPC運動とは、New Plum and Chestnut運動の略で、訳すと新梅栗となり、日田盆地近くの大山町は、山林が地域の大部分を占め、耕地がわずかだったため、梅と栗を重点的にとりあげ公共建築や道路建設のお金も節約して、苗木を買って、植え続けました。

それが、現在の『大山の梅』としてブランド化され、半世紀経った今、全国を席巻しています。

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