大山(おおやま)小学校 [旧校地] 平成27年移転
大分県の廃校・校跡

大山(おおやま)小学校 [旧校地] 平成27年移転

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『大山小学校』の旧校地は、大分県日田市大山町西大山3494番地にあった旧校舎の跡地です。

現在は、日田市役所大山振興局(大山支所)として再利用されています。

大山(おおやま)小学校が移転したのはいつ?

大山小学校 [旧校地] は、2013年(平成25年)に都築(つづき)小学校と鎌手(かまで)小学校の校区児童を統合して、2代目「日田市立大山小学校」が開校しました。

そして、2015年(平成27年)に、大山中学校とともに、施設一体型の小中一貫教育学校「大山小中学校」がスタート、新校舎が大山町西大山3615−1に完成し、移転しています。

大山(おおやま)小学校の校歌
1.大山川の青い水 清くやさしくたくましく
むねを流れて育ちゆく よい子の学校大山校
花が咲いている生きている

2.天じく台の白い雲 高くたのしくはてしなく
ゆめをはこんでのびていく よい子の学校大山校
歌が生まれる生きている

3.年出の宮の光る風 古くとおとく新しく
道を照らして進みゆく よい子の学校大山校
あすがよんでいる生きている

大山(おおやま)小学校 [旧校地] のデータ

住所・移転年月日・沿革
名称 大山小学校 [旧校地]
住所 〒877-0201 大分県日田市大山町大字西大山4267
移転年月日 2015年(平成27年)
沿革 1874年(明治7年)12月 – 年出(としで)学校と称して開校。
1881年(明治14年)11月 – 続木、舟戸二ヶ所に分教場を設置。
1889年(明治22年)4月 – 続木、舟戸の二分教場を併合して大山尋常小学校となる。
1897年(明治30年)4月 – 高取地区を台小学校に教育委託する。
1900年(明治33年)4月 – 上山地区を赤石小学校に教育委託する。日田第一高等小学校大山分教場を設置する。
1901年(明治34年)11月 – 続木、舟戸の二分教場が独立し小学校となる。のちの都築尋常小学校、東尋常小学校。
1902年(明治35年)4月 – 尋常小学校の授業料が無料となる。12月 – 御真影が下賜される。
1908年(明治41年)3月 – 日田郡総町村学校組合立大山高等小学校廃校。他の町村では単独で高等小学校を設置。
1909年(明治42年)1月 – 上山地区の教育委託を解除する。
1911年(明治44年)4月 – 東、都築両尋常小学校の五・六年生を収容する。六学級編成となる。
1912年(明治45年)3月 – 大山農業補習学校を敷設する。
1913年(大正2年)4月 – 東、都築尋常小学校五・六年生本校で修学する 千丈、高取地区を編入(東尋常小学校より)五学級編成。
1925年(大正14年)- 高取の教育委託解消。
1926年(大正15年)7月 – 二階建て校舎建設。東分教場、都築分教場独立。(五・六年生は再び大山小学校へ)。
1927年(昭和2年)3月 – 元日郡立大山高等小学校跡に校舎新築。
1934年(昭和9年)4月 – 東分教場廃校。
1935年(昭和10年)4月 – 農業補習学校、青年訓練所廃止 大山農業青年学校付設。
1941年(昭和16年)4月 – 国民学校令により大山国民学校となる。
1947年(昭和22年)4月 – 大山小学校となる。大山中学校の分散授業場の設置。
1949年(昭和24年)4月 – 大山中学校分散授業場廃止。
1953年(昭和28年)8月 – 本館(管理校舎)と北校舎完成 旧校舎解体。
1955年(昭和30年)7月 – 南校舎完成。11月 – 講堂完成。
1956年(昭和31年)11月 – 都築分教場独立。
1959年(昭和34年)1月 – 給食調理室竣工 学校給食開始。
1962年(昭和37年)3月 – 鉄骨二階建て新校舎落成。
1964年(昭和39年)4月 – 十一学級編成。12月 – 給食センター化。
1966年(昭和41年)9月 – 講堂裏に遊泳場出来る。
1969年(昭和44年)2月 – 町制施行のため「大山町立」大山小学校と改称。
1971年(昭和46年)4月 – 竹の迫地区編入(鎌出小学校より)。
1974年(昭和49年)11月 – 創立百周年記念式典挙行。
1977年(昭和52年)10月 – プール完成。
1979年(昭和54年)12月 – 体育館竣工。
1981年(昭和56年)3月 – 新校舎落成。
1983年(昭和58年)2月 – アスレチック施設完成。
2005年(平成17年)3月 – 日田市に編入のため「日田市立」大山小学校と改称。
2013年(平成25年)4月 – 都築小学校・鎌手小学校と合併し、2代目「大山小学校」が開校。
2015年(平成27年)4月 – 新校舎へ移転。日田市立大山小中学校として、小中一貫教育を開始。

大山小学校 [旧校地] の校舎

大山小学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

大山小学校の旧校舎は、2013年(平成25年)ごろまでは、残っていましたが、その後一部をのぞいて解体されてしまいました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

国道212号線から見た、解体される前の校舎です。一番右の教室棟だけ残されています。

大山小学校 [旧校地] の校舎

児童の昇降口がある二棟の校舎を、AIで復元してみました。建物に飾ってあった校章だけうまく反映されていません。

大山小学校 [旧校地] の校舎

1962年(昭和37年)に鉄筋二階建てが一棟建ち、そのあと1981年(昭和56年)に新しい校舎が完成しました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

校舎の裏側には、遊具も充実していたようです。

大山小学校 [旧校地] の校舎

こちらが、現在(令和8年6月時点)の校舎の様子です。

この本館の玄関があった建物は、日田市役所の大山振興局として、再利用されています。

大山小学校 [旧校地] の校舎

国道212号線沿いのAコープウィズミニストップ大山店の向かい側の広場のような場所が、大山小学校の旧校地です。

石の校門が当時を物語りますね。

大山小学校 [旧校地] の校舎

学校銘板が残っていました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

建物側から見た運動場の様子です。卒業制作も残されていました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

みんなの願いという石柱とともに、いろいろな石像が飾られていました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

1974年(昭和49年)に建立された、大山小学校開校百周年の記念碑です。

大山小学校 [旧校地] の校舎

跡地は、このように本館だった校舎をのぞいて、解体され更地となり駐車場になっていました。

大山小学校 [旧校地] の校舎

赤いポストを残した本館を横から撮った写真です。右奥に見えるのは、年出宮(年出神社)で、その隣のプールがあったところには「おおやまこども園」が新しくできています。

大山小学校 [旧校地] の校舎

校舎裏の見えないところに、ポツンとあった卒業制作と思われる石像です。

大山(おおやま)小学校 [旧校地] がある場所

大山(おおやま)小学校 [旧校地] がある場所は、大分県日田市の大山町西大山です。

国道212号線を、日田市中心部から、熊本県阿蘇郡小国町方面へ5kmほど南下すると、大山町の中心街にJA大分大山町本所・Aコープがあり、その向かい側に日田市役所大山振興局として使われているのが、大山小学校の旧校舎です。

大山小学校がある大山町は、日田市の南部、熊本県との県境に位置しています。

南北には、筑後川の上流となる大山川が流れ、平地と山間部に約2300人が暮らしています。

大山町では、1961年(昭和36年)から鶯宿梅・すもも・エノキ茸・ハーブ・クレソンなど少量多品目栽培の特色のある農業が取り組まれていて、特に2月から3月にかけては大山町のあちこちで梅の花が咲き、甘い香りにつつまれます。

大山(おおやま)小学校区の歴史

大山小学校校区は、江戸時代にはそれぞれ高取村(高取本村・千丈・片瀬古)・小五馬村・栗林村・続木村・万々金村・鎌手村と呼ばれていて、西国筋郡代の幕府領でした。

1875年(明治8年)なると、町村の統合がおこなわれ、高取村の中の高取本村と千丈、そして小五馬村・栗林村・続木村が合併し「東大山(ひがしおおやま)村」となり、高取村の中の片瀬古と万々金村・鎌手村が合併し、「西大山(にしおおやま)村」となりました。

1889年(明治22年)には、西大山村と東大山村が合併し、「大山(おおやま)村」ができました。

1969年(昭和44年)、大山村は町制施行して「大山(おおやま)町」が誕生しました。

2005年(平成17年)、大山町は前津江村・中津江村・上津江村・天瀬町とともに、日田市へ編入合併となりました。

現在、旧校地のある場所は、大分県日田市大山町西大山となっています。

大山小学校区 [旧校地] にある名所

大山小学校区 [旧校地] にある名所

画像出典:グーグルマップ

年出宮(年出神社)

大山小学校の旧校地のすぐ隣には、年出宮ともいわれる「年出(としで)神社」があります。

由緒あるこの神社名は、1874年(明治7年)に大山小学校がスタートした時の最初の学校名(年出学校)でもありました。

端垣に囲まれた境内に2基の鳥居があり、お社は、妻入りの拝殿で扁額には梅の神紋が飾られています。

毎年10月になると、老松神社の神事として台車付きの大きな神輿(重さ1トン)を年出神社まで引いていきます。

年出神社に神輿が到着すると、となりの「おおやまこども園」から園児がでてきて無病息災をいのって、神輿のしたをくぐり

その後、子ども相撲がくりひろげられます。一連の行事のあと神輿はまた老松神社へと帰っていきます。

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日田市とその地域 [大分県]
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