鹿児島県の廃校・校跡

藺牟田(いむた)小学校 [令和6年閉校] 薩摩川内市立

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『藺牟田小学校』は、鹿児島県薩摩川内市祁答院町の藺牟田(いむた)小校区((麓西・麓東・中原・原・大坪・砂石・湯之元)の子どもたちが通っていた小学校です。

藺牟田小は、ベッコウトンボなどが生息する「藺牟田池(ラムサール条約登録地)」のふもとに位置する、自然豊かな学校です。

⇒  公式ホームページ

藺牟田(いむた)小学校の閉校式はいつ?
黒木(くろき)小学校の閉校式はいつ?

藺牟田小学校閉校式

薩摩川内市立藺牟田小学校は、2024年(令和6年)3月31日で閉校になりました。

さきがけて、同年3月17日(日曜日)より「閉校記念式典」がとりおこなわれました。

閉校式典(藺牟田小体育館)午前10時30分~

当日は、あいにくの雨にもかかわらず、一般参列者・来賓者・式典関係者など約300名が参列しました。

校長先生のあいさつでは、感極まり言葉をつまらせ参加者一同、閉校のさびしさを一層つのらせました。

閉校記念碑除幕式(藺牟田小正門横)式後すぐ

閉校式典終了後、降りしきる雨のなか、除幕式がおこなわれ寄付によって建立された「閉校記念碑」が正門横でお披露目されました。

惜別の会(閉校記念事業実行委員会)午後12時10分~

実行委員長のあいさつのあと、藺牟田小の歴史を紹介してビデオ上映、サックス演奏会などがおこなわれました。

1869年(明治2年)に、樺山氏の所領である明道館大翁寺に開校して以来、創立155周年をむかえる歴史ある藺牟田小学校が幕を閉じました。

2024年(令和6年)4月から、藺牟田小校区の子どもたちは、同年閉校した大軣小学校・上手小学校・黒木小学校の児童とともに新設された「祁答院小学校」へ通っています。

藺牟田(いむた)小学校の校歌
藺牟田小学校の校歌

藺牟田の『藺』の文字をモチーフにした藺牟田小学校の校章

1.ふるさとの
青垣山に 照り映える
平和の日かげ 身にあびて
学ぶわれらを 雲がよぶ
希望新たに 朗らかに
楽しい 楽しい 藺牟田小学校

2.みずうみの
影おるみどり いやふかく
不滅の真理 もとめつつ
みがくわれらを あすがよぶ
高い理想を 胸にして
伸びゆく 伸びゆく 藺牟田小学校

3.鳴りひびく
自由のかねよ 花とさく
文化を築く 自主の旗
かざすわれらを にじがよぶ
次代を負うて 健やかに
進もう 進もう 藺牟田小学校

藺牟田(いむた)小学校 [薩摩川内市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 藺牟田小学校
住所 〒895-1502 鹿児島県薩摩川内市祁答院町藺牟田108
閉校年月日 2024年(令和6年)
沿革 1869年(明治2年)- 大翁寺跡に「明道館(樺山氏所領)」開設
1871年(明治4年)- 校舎を現在の位置に移転。読書・算術・体操等を教授
1872年(明治5年)- 外城第17郷校と命名
1873年(明治6年)- 第22郷校と改称
1876年(明治9年)- 藺牟田小学校と改称
1879年(明治12年)- 初めて女生徒を募集(応募者60名)
1882年(明治15年)- 明普学校と改称
1887年(明治20年)- 藺牟田尋常小学校・藺牟田高等小学校と改称(修業年限3年)
1892年(明治25年)- 藺牟田尋常高等小学校と改称
1893年(明治26年)- 華巖簡易小学校を廃し、藺牟田尋常小学校に合併
1900年(明治33年)- 藺牟田尋常小学校の修業年限4か年となる
1907年(明治40年)- 尋常科の修業年限6か年となる。
1912年(明治45年)- 新校舎竣工
1914年(大正3年)- 藺牟田実業補修学校を小学校に設置
1926年(大正15年)- 高等科を3年制とする。
1927年(昭和2年)- 亡師亡友の碑建立
1930年(昭和5年)- 藺牟田国民学校と改称
1947年(昭和22年)- 藺牟田小学校と改称 PTA発足
1950年(昭和25年)- 校歌制定
1955年(昭和30年)- ブロック建2階校舎(10教室)竣工
1956年(昭和31年)- 学校給食開始(D型)
1957年(昭和32年)- プール完工
1958年(昭和33年)- 完全給食開始(A型)
1965年(昭和40年)- 鉄筋2階建校舎竣工
1968年(昭和43年)- 開校100周年記念式典
1975年(昭和50年)- 体育館竣工
2002年(平成14年)- 鉄筋2階建ての新校舎完成
2004年(平成16年)- 市町村合併により薩摩川内市藺牟田小学校となる
2019年(令和元年)- 創立150周年記念式典・記念祝賀会開催
2024年(令和6年) – 祁答院小学校新設のため閉校

薩摩川内市立藺牟田小学校の校舎

現在、建っている藺牟田小学校の校舎は、2002年(平成14年)に完成した鉄筋コンクリート造の建造物です。

屋上にある時計塔は、藺牟田池に生息する希少動物のベッコウトンボをイメージしたものです。

藺牟田小学校の校舎

藺牟田小学校の新校舎は、天井が高く開放感があり、玄関からすぐのところは吹き抜けになっています。

藺牟田小学校の校舎

藺牟田小学校の新校舎は、鉄筋ではありますが内装は木の香りがする、温かみのあるデザインです。

藺牟田小学校の校舎

藺牟田小学校の教室は、各教室から大きな廊下とつながっていて、そこでも作業ができる素晴らしい設計となっています。

薩摩川内市立藺牟田小学校の校舎

開校から明治45年まで使われた旧校舎の白黒写真をカラー化しました。

鹿児島県薩摩川内市にある「藺牟田小学校」は、明道山大翁寺というお寺の跡地にあった「明道館」で、はじまりました。

2年後の1871年(明治4年)には、現在の藺牟田小学校がある場所に移転し、明治45年まで上記の木造校舎で学びました。

1912年(明治45年)から、生徒数増加にともない立派な木造校舎(平屋建て)が作られ、戦後まで利用されました。

薩摩川内市立藺牟田小学校の校舎

昭和30年に建てられた鉄筋校舎の白黒写真をカラー化したもの

1955年(昭和30年)には、木造校舎の老朽化にともないブロック2階建て校舎が完成しました。

藺牟田(いむた)小学校がある場所

藺牟田(いむた)小学校がある場所

藺牟田小校区(画像出典:学区マップ)

藺牟田小学校がある藺牟田地区(麓西・麓東・中原・原・大坪・砂石・湯之元)は、薩摩川内市の東部にあって、直径1キロメートルの火山湖「藺牟田池」を有している祁答院町にあるまちです。

北側に祁答院町の上手・下手、東側を蒲生町西浦(姶良市)、南側を入来町浦之名(薩摩川内市)、西側を入来温泉がある副田(薩摩川内市)、久富木(さつま町)に面しています。

藺牟田池には、希少種の「ベッコウトンボ」をはじめ、様々な生き物が生息し手つかずの自然が残っています。その池のまわりの山である、愛宕山・舟見岳・竜石・山王嶽・片城山・飯盛山を順番に登山していく、外輪山登山も有名です。

池の周辺には、貸ボート・貸自転車屋さん、生態系保存資料館「アクアイム」、藺牟田池自然公園キャンプ場があり、小さい子どもがいる家族でにぎわいます。

藺牟田小学校の横には、元田技研株式会社(元・藺牟田中学校)があり、そこから1km離れた場所に町の中心となる藺牟田地区コミュニティーセンター、日枝神社、本龍寺、なかよしこども園があります。

郵便局は、中原地区にあり、少し離れています。

このほかに、藺牟田温泉地区には、甑島から「青島」という焼酎ブランドを引き継いだ祁答院蒸留所、下ノ湯や砂石簡易郵便局、足湯が浸かれる農村公園があります。

藺牟田池周辺には、世界一郷水車という巨大な水車があり(現在は撤去されました)、水しぶきを大きく弾き飛ばしながら回る光景は圧巻でした。

上記の、藺牟田地区・藺牟田温泉地区から、子どもたちが通っていたのが「藺牟田小学校」でした。

⇒ 藺牟田(いむた)とは?

藺牟田小校区の歴史

藺牟田小学校がある「藺牟田地区」は、江戸時代までは「藺牟田(いむた)村」と呼ばれていて、藺牟田郷のなかにあり、薩摩鹿児島藩の領下でした。

また、江戸時代の藺牟田村はお隣の「黒木地区(祁答院町)」と同じく、古くから武家屋敷=ぶけやしき(武士が住んでいた住居)があったところで、島津家から分かれた「樺山(かばやま)氏」の私領(所有地)として、6人に1人が士族という武士が多い町だったため、古くから「藺牟田郷」として、単独一村が認めらた土地でもありました。

1889年(明治22年)、町村制が施行され単独村制で自治体「藺牟田村」があらためて誕生しました。

1955年(昭和30年)、藺牟田村は大村・黒木村とともに合併し、祁答院(けどういん)町が発足しました。

2004年(平成16年)、祁答院町はほかの川内市・東郷町・入来町・樋脇町・里村・上甑村・下甑村・鹿島村と合併し、新設「薩摩川内市」が生まれました。

現在、黒木小学校がある住所は鹿児島県薩摩川内市祁答院町の藺牟田となっています。

藺牟田小校区の伝統芸能

子どもたちが通った藺牟田小学校の校区には、大きく3つの伝統文化があります。

藺牟田神舞

鹿児島県内(旧・薩摩藩)では、神楽(かぐら)のことを、神舞(かんまい)といいます。

藺牟田地区で伝わる収穫感謝の年1回の日に、地方巡業の小劇団に匹敵する規模の人数で演じられる三十数種目もある踊りです。

三尺棒踊り

藺牟田小校区の伝統芸能

原地区発祥「三尺棒踊り」を披露する祁答院中学生徒【鹿児島県薩摩川内市】

藺牟田の原地区で伝わる「三尺棒踊り」は、戦国時代にはじまったとされ、3人が鎌・3人が三尺棒を持って勇壮活発に踊る伝統芸能です。薩摩藩が士気を鼓舞するためにはじまったとされます。

田の神講(田の神戻し)

藺牟田小校区の伝統芸能

麓西・東・中原・新屋敷地区で繰り広げられる「田の神講」鹿児島県薩摩川内市

田の神講(たのかみこう)は、藺牟田地区の麓西・東・中原自治会新屋敷で、古くから伝承されている伝統芸能です。

田の神戻しともいわれ、五穀豊穣・無病息災・子孫繁栄を祝って、田の神さあを引っ越しさせる伝統行事です。

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薩摩川内市とその地域 [鹿児島県]
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