黒木(くろき)小学校【令和6年3月閉校】鹿児島県薩摩川内市
鹿児島県の廃校・校跡

黒木(くろき)小学校 [令和6年閉校] 薩摩川内市立

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『黒木小学校』は、薩摩川内市祁答院町の黒木小校区「木場・矢立・浦・中・宮脇・本町・宇都・南・小牧地区」の子どもたちが通っていた小学校です。

⇒  公式ホームページ

黒木(くろき)小学校の閉校式はいつ?
黒木小学校の閉校はいつ?

黒木小学校の閉校記念碑【鹿児島県薩摩川内市】

星野村立椋谷小学校は、2024年(平成6年)3月31日で閉校になりました。

さきがけて、同年3月16日(土曜日)より、閉校式典(午前10時から午後2時30分まで)がとりおこなわれました。

閉校式典(黒木小体育館)

記念碑除幕式(黒木小運動場)

惜別の会(黒木地区コミュニティーセンター)

創立147周年を迎える黒木小学校は、開校以来総勢1743名の卒業生を送り出し、長い歴史に幕を閉じました。

2024年(令和6年)4月より、黒木小校区の子どもたちは同年閉校した大軣小学校・上手小学校・藺牟田小学校の児童とともに、新設「祁答院小学校」へ通っています。

黒木(くろき)小学校の校歌
黒木(くろき)小学校の校歌

黒木小の校章(昭和30年に制定)

1.みどりさやかに希望を のせて
矢止めのむねは 朝を呼ぶ
燃えたつ理想 明るいひとみ
ともにいそしむ 学びやに
鐘が鳴る鳴る 誇りも高く
われらは黒木小学校

2.清いせせらぎ 野の歌そえて
大王川の水おどる
求めよ真理 磨けよ心
ともにたゆまぬ 学びやに
日に日におこる 自立の気風
われらは黒木小学校

3.薫るそよ風 雲ゆく果てに
次代をになう 決意湧く
花さく文化 築こう郷土
ともにつとめる 学びやに
世界をつなぐ 使命はのびる
われらは黒木小学校

黒木(くろき)小学校 [薩摩川内市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 黒木小学校
住所 〒895-1504 鹿児島県薩摩川内市祁答院町黒木123
閉校年月日 2024年(令和6年)
沿革 1871年(明治4年)- 永源寺跡に学館を設立し子弟を教育する
1872年(明治5年)- 旧領主館を校舎とし第78郷校と称する
1876年(明治9年)- 黒木小学と改称 上等・下等科を置く
1881年(明治14年)- 教育令の改正により初等・中等・高等の三科を置く。藤盛に簡易小学を設け初等科を置く
1883年(明治16年)- 木場分校を設立する
1885年(明治18年)- 黒木尋常小学校と改称し高等科は別科として教授する
1889年(明治22年)- 学校改築
1892年(明治25年)- 藤森簡易小学・木場分校を黒木尋常小学校に合併
1901年(明治34年)- 黒木尋常高等小学校と称し、尋常・高等の二科を置く
1908年(明治41年)- 小学校令の改正により、尋常6年・高等科2年となる
1921年(大正10年)- 桧山公園地を拓く(校外運動場)
1924年(大正13年)- 校舎移転拡張工事
1926年(大正15年)- 創立50周年記念式典を行う
1937年(昭和12年)- 校舎全焼
1939年(昭和14年)- 新校舎落成
1941年(昭和16年)- 黒木国民学校と改称する
1947年(昭和22年)- 学制改革により黒木小学校と改称
1953年(昭和28年)- 校歌制定
1955年(昭和30年)- 校章制定・講堂増改築・尊徳像再建
1957年(昭和32年)- 創立80周年記念事業を挙行
1958年(昭和33年)- 完全給食実施
1962年(昭和37年)- 付設幼稚園を置く
1965年(昭和40年)- 校旗制定
1967年(昭和42年)- 創立90周年記念式典を挙行
1971年(昭和46年)- 簡易プール完成
1977年(昭和52年)- 創立100周年記念式典を挙行
1979年(昭和54年)- 鉄筋新校舎(教室6・特別教室6・管理棟)落成
1980年(昭和55年)- 屋内運動場落成・裏山にアスレチック完成
2024年(令和6年) – 祁答院小学校新設のため閉校

薩摩川内市立黒木小学校の校舎

黒木小学校

校門から見た黒木小学校校舎【鹿児島県薩摩川内市】

鹿児島県薩摩川内市にある「黒木小学校」の校舎は、1979年(昭和54年)に作られた鉄筋コンクリート二階建ての建物です。

1階に一年生から六年生が学び、購買部・多目的室・校長室があり、右端が職員室と保健室で、離れて給食室・飼育小屋がありました。

2階は、家庭科室・理科室・音楽室・図工室・コンピュータ室・図書室が並んでいます。

黒木(くろき)小学校がある場所

黒木(くろき)小学校がある場所

黒木小校区(画像出典:学区マップ)

黒木小学校がある場所は、祁答院町の黒木地区と呼ばれ、木場・矢立・浦・中・宮脇・本町・宇都・南・小牧の集落で構成されています。

黒木小学校がある黒木地区は、祁答院町の東にあって、校区の境目はさつま町(旧宮之城町・旧薩摩町)、姶良市に隣接しています。

南側=矢止岳(やどめだけ)標高670mをはじめ、周囲に山がつらなる山林地帯で校区の中央=大王川流域を中心に、水田地帯となっており稲作が主な産業です。

また、黒木小学校がある「黒木地区」は、古くから武家屋敷があった地域として知られています。

地理的には、現在の薩摩川内市である藺牟田・大村(上手・下手)の地域と隣接しており、さつま町の中津川地区ともかかわりが深い町です。

1955年(昭和30年)に、祁答院(けどういん)町になった時は、元々自治体であった藺牟田村・大村・黒木村が合併してできたため、この3町は、今でも関係が深く、今回の黒木小学校の閉校にあたり、新しくできる「祁答院小学校」も、旧祁答院町にあった上手小学校・大軣小学校・藺牟田小学校が合併してできた学校です。

⇒ 黒木(くろき)とは?

黒木小校区の歴史

黒木小校区は、江戸時代より「黒木(くろき)村」と呼ばれ、黒木郷のなかにあり薩摩鹿児島藩の領下でした。

1889年(明治22年)の町村制施行により、単独で自治体「黒木村」が誕生しました。

1955年(昭和30年)、黒木村は大村・藺牟田村とともに合併し、祁答院(けどういん)町が発足しました。

2004年(平成16年)、祁答院町はほかの川内市・東郷町・入来町・樋脇町・里村・上甑村・下甑村・鹿島村と合併し、新設「薩摩川内市」が生まれました。

現在、黒木小学校がある住所は鹿児島県薩摩川内市祁答院町の黒木となっています。

黒木小校区の伝統文化

黒木小校区の名所

黒木鷹踊り(画像出典:鹿児島県ホームページ)

黒木地区には、郷土芸能として「鷹踊り」があります。

街の中心部にある「大楠神社(大王神社)」で、毎年9月第3土曜日奉納されている踊りです。

黒木鷹踊りの由来は、上層が行っていた鷹踊りを、庶民が芸能化したものがはじまりだと言われており、すててこ・笠・扇子・鷹を模した道具を持った「鷹匠役」が器用に鷹を操る様子が描かれています。

餌師は、笠と着ものを着て、棒を持ちながら「鷹の機嫌」を損ねないように補助の踊りを踊ります。

現在、黒木鷹踊りは30年以上の伝統を持ち、保存会が精力的に活動しており、中学生が小学生へと伝統をつなぐ、黒木の伝統文化になっています。

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薩摩川内市とその地域 [鹿児島県]
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