鹿児島県の廃校・校跡

上手(かみで)小学校 [令和6年閉校] 薩摩川内市立

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『上手小学校』は、鹿児島県薩摩川内市の祁答院町、「上手(上方限・中福良・上手中央・滝聞・中武)地区」の子どもたちが通っていた小学校です。

⇒  公式ホームページ

上手(かみで)小学校の閉校式はいつ?

薩摩川内市立上手小学校は、2024年(令和6年)3月31日で閉校になりました。

さきがけて、同年3月20日(水曜日・春分の日)に、閉校式を実施しました。

閉校式スケジュール

・卒業式 午前9時~10時30分

・閉校式 午前11時~お昼12時

・記念碑除幕式 午後12時15分~12時30分

・郷土芸能(上手太鼓踊り) 午後12時30分~12時50分

・昼食 午後12時50分~午後13時30分

・惜別の会 午後13時30分~15時

場所は、閉校式は上手小学校の体育館で、記念碑除幕式は正門付近で執り行われその後、郷土芸能の「太鼓踊り」が春の嵐(強風)のなか勇ましく、踊られました。

上手(かみで)小学校は、1958年(昭和33年)全生徒数412人を最高に、児童数がじょじょに減少し、令和5年度は全校児童数が37名となり、その長い歴史に幕を閉じました。

2024年(令和6年)4月から、上手小校区の子どもたちは、同年閉校した大軣小学校・黒木小学校・藺牟田小学校の児童とともに新設された「祁答院小学校」へ通っています。

上手(かみで)小学校の校歌
上手(かみで)小学校の校歌

薩摩川内市立上手小学校の校章

1.緑色こき 山合に
水白線を ひくところ
豊けき土の 恵うけ
わが学び舎は そびえたり
光うるわし 上手校

2.新しき世に 生れいで
自由の天地 開けたり
四海の友と手をとりて
強く正しく 堂々と
力と意気を しめさなむ

3.高きほこりに 輝ける
永き歴史を うけつぎて
わが学び舎に 集う子の
盛り上りくる 力もて
新しき道 開かなむ

上手(かみで)小学校 [薩摩川内市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 上手小学校
住所 〒895-1503 鹿児島県薩摩川内市祁答院町上手578
閉校年月日 2024年(令和6年)
沿革 1868年(明治元年)- 大明神=豊日孁神社東隅に学校を建て文武の道を学ぶ
1876年(明治9年)- 新学制により上手小学と称し、下等小学を置く
1878年(明治11年)- 校舎を大明神西部に建築。初等科・高等科を置く
1886年(明治19年)- 上手尋常小学校と改称
1887年(明治20年)- 上手簡易科小学校と改称
1893年(明治26年)- 新たに女子のための裁縫科を加設
1908年(明治41年)- 義務教育が六か年に延長され新たに図工科加設
1911年(明治44年)- 現在位置に校舎建築・学校移転
1924年(大正13年)- 三教室増築
1931年(昭和6年)- 運動場拡張竣工
1935年(昭和10年)- 校歌・校旗制定
1941年(昭和16年)- 上手国民学校と改称する
1947年(昭和22年)- 新学制により上手小学校と改称
1948年(昭和23年)- 学校給食を開設(ミルク・おかず)
1949年(昭和24年)- 創立70周年記念式挙行
1950年(昭和25年)- 運動場拡張
1952年(昭和27年)- 三教室増築
1954年(昭和29年)- 講堂建築
1959年(昭和34年)- 創立80周年記念式挙行・給食室新築
1966年(昭和41年)- 新校舎改築
1967年(昭和42年)- プール新設
1969年(昭和44年)- 創立90周年式
1974年(昭和49年)- 音楽室・図書室整備
1975年(昭和50年)- 飼育舎・岩石園建設
1978年(昭和53年)- 創立100周年記念事業実施
1981年(昭和56年)- 屋内運動場落成
1981年(昭和57年)- 特別教室(5教室)落成・祝賀式挙行
1992年(平成4年)- 校舎大規模改修
1998年(平成10年)- 創立120周年記念式挙行
2004年(平成16年)- 薩摩川内市立上手小学校となる
2006年(平成18年)- 自校式学校給食終了
2018年(平成30年)- 創立140周年記念式挙行
2019年(令和元年)- 各教室クーラー設置
2020年(令和2年)- 校内Wi-Fi環境整備 一人一台タブレット配備・充電保管庫設置
2022年(令和4年)- 令和6年3月末児童数減少に伴い上手小学校閉校決定
2024年(令和6年) – 祁答院小学校新設のため閉校

薩摩川内市立上手小学校の校舎

上手小学校の校舎

昭和41年に建てられた上手小学校校舎【鹿児島県薩摩川内市】

鹿児島県薩摩川内市にある「上手小学校」の校舎は、1966年(昭和41年)に作られた鉄筋コンクリート二階建ての建物で、1992年(平成4年)に大規模改修がされました。

上手(かみで)小学校がある場所

上手(かみで)小学校がある場所

上手小校区(画像出典:学区マップ)

「上手(かみで)小校区」は上方限・中福良・上手中央・滝聞・中武の集落で構成されています。

薩摩川内市の東にあって、東部は祁答院黒木、蒲生町漆(姶良市)、南部は蒲生町西浦(姶良市)、西部は祁答院藺牟田、西部から北部にかえては同じ大村の下手地区に隣接しています。

上手小校区の歴史

上手小学校がある地域は、江戸時代より「上手(かみで)村」と呼ばれていて、大村郷のなかにあり薩摩鹿児島藩の領下でした。

大村郷の大村(おおむら)とは、大きな郷(村の集まり)という意味で、北方・南方・上手・下手という4つの村のくくり言葉として機能していました。

この地区には、もともと大村城(おおむらじょう)という大事なお城が建てられいて、祁答院氏・島津氏の支配者が住んでいました。

大村城の跡地は、新しい「祁答院小学校」の裏山にあります。

大村郷は、黒木地区をはさんで、中津川地区の「南方村」「北方村」も大村の一部になっていましたが、その後独立して中津川村となり、現在は薩摩川内市ではなく「さつま町」の中にあります。

上手地区は、すでに江戸時代より下手(しもで)と合わせて「大村」という記帳がされていたりと、大村の一部として2つの地区は協力し合っていたようです。

1889年(明治22年)、町村制施行により北方村・南方村・上手村・下手村が統合し「大村(おおむら)」が誕生します。

1949年(昭和24年)、大村のなかの北方と南方が、分立して「中津川(なかつがわ)村」を発足させます。

1955年(昭和30年)、大村村は藺牟田村・黒木村とともに合併し、祁答院(けどういん)町が誕生しました。

2004年(平成16年)、祁答院町はほかの川内市・東郷町・入来町・樋脇町・里村・上甑村・下甑村・鹿島村と合併し、新設「薩摩川内市」が生まれました。

現在の、上手小学校があった住所は、鹿児島県薩摩川内市祁答院町の上手となっています。

上手小校区の伝統芸能

上手小校区の伝統芸能

上手俵踊り(画像出典:薩摩川内市)

上手小学校の子どもたちが住んでいた上手小校区には、楠原地区が中心となって、踊り継がれている郷土芸能「俵踊り」があります。

昔は、神社やお寺の落成式・祭典で「相撲」を奉納するといった文化があり、そこで寄進(金品や土地などを寄付すること)された米俵を、土俵に積み上げて観客に見せた様子を踊りにしたものが「上手俵踊り」です。

1996年(平成8年)祁答院町ふるさと祭りで、楠原小組合が「俵踊り」を披露することになり、上手の同地区の小中学生25人が練習をはじめ、その後楠原で踊り継がれてきました。

2005年(平成17年)に、上手俵踊り保存会が発足し、上手小学校区員を対象に団員をつのって、練習・発表をするようになりました。

学校の教育課程外の活動となるため、楠原地区の婦人会が指導者となり、上手地区コミュニティセンターで練習を重ね、毎年10月8日ごろに豊日孁神社に奉納されています。

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薩摩川内市とその地域 [鹿児島県]
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