黒神(くろかみ)小学校 [令和8年閉校] 鹿児島市立
鹿児島県の廃校・校跡

黒神(くろかみ)小学校 [令和8年閉校] 鹿児島市立

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『黒神(くろかみ)小学校 』は、鹿児島県鹿児島市の「黒神町・高免町」にある4つの地区(塩屋ヶ元・宇土・浦之前・園山)の子どもたちが通っている創立148年の歴史ある小学校です。

桜島大根の栽培と、椿油づくりが黒神小の特色ある教育活動で、毎年12月の土曜授業の日に山形屋(鹿児島市のデパート・百貨店)の前で「黒神の椿油」として販売しています。

黒神(くろかみ)小学校の閉校式はいつ?

鹿児島市黒神小学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、2026年(令和8年)3月11日(水曜日)午前9時15分から、同時閉校となる「黒神中学校」「高免小学校(休校中)」とともに、「合同閉校式」をおこないます。

2026年(令和8年)4月1日から黒神小校区の子どもたちは、桜島地域の5つの小学校と3つの中学校の計8校が統合してできた、小中一貫校「桜島学校」へ通います。

黒神(くろかみ)小学校の校歌
1.煙はく島   朝あけの
みどりの風に 手をくんで
きよき心を  のばしつつ
希望かがやく ああわれら
希望かがやく 黒神小学校

2.めぐる黒潮  はろばろと
映ゆる光に  むねをはり
強きからだを きたえつつ
力みなぎる  ああわれら
力みなぎる  黒神小学校

3.朝な夕なに  七色の
溶岩に流るる 雲のかげ
まことの道を 学びつつ
平和ただよう ああわれら
平和ただよう 黒神小学校

黒神(くろかみ)小学校 [鹿児島市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 黒神小学校
住所 〒891-1401 鹿児島県鹿児島市黒神町2561
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1877年(明治10年) – 黒神小学校創立。
1887年(明治20年) – 黒神簡易小学校となる。
1897年(明治30年) – 宮原小学校に改称。
1914年(大正3年)1月 – 桜島の大正大噴火により黒神集落が被害を受け廃校。
1918年(大正7年) – 高免小学校(現在の鹿児島市立高免小学校)の分教場として再開。高免小学校黒神分教場となる。
1941年(昭和16年)4月 – 国民学校令により黒神国民学校と改称
1946年(昭和21年) – 桜島の昭和噴火による溶岩流出により休校。
1947年(昭和22年)4月 – 東桜島村立黒神小学校と改称。黒神中学校校舎竣工のため小中分離。
1949年(昭和24年)10月 – 戦後初めての校舎建設竣工(小中兼用)
1950年(昭和25年)10月 – 東桜島村が鹿児島市に編入されるのに伴い鹿児島市立黒神小学校と改称。
1959年(昭和34年)2月 – 校歌制定
1962年(昭和37年)3月 – 現在の鉄筋校舎2階建て完成。9月給食室・宿直室・主事室竣工。
1963年(昭和38年)8月 – 講堂・理科室竣工
1967年(昭和42年)5月 – 保健室竣工
1977年(昭和52年)3月 – 創立100周年記念びわ園開墾植樹。11月 – 創立100周年記念碑建立・記念式典と祝賀会開催。
1985年(昭和60年)プール竣工。
1987年(昭和62年)3月 – 学級増のためプレハブ校舎新築。
1989年(平成元年)3月 – すべり台・ジャングルジム等新設。
2008年(平成20年)7月 – わくわくの森完成。
2016年(平成28年)7月 – 東桜島望岳遠泳に初参加。
2018年(平成30年)1月 – 桜島大根コンテスト小学生の部で優勝。
2026年(令和8年)3月31日 – 小中一貫校「桜島学校」新設のため閉校。 [1]

[1] 出典:Wikipedia

鹿児島市立黒神小学校の校舎

鹿児島市立黒神小学校の校舎

鹿児島市立黒神小学校の現在の校舎は、1962年(昭和37年)の3月に完成した鉄筋コンクリート2階建の建物です。

鹿児島市立黒神小学校の校舎

校舎裏の裏庭です。

鹿児島市立黒神小学校の校舎

黒神小の遊具と、体育館です。

鹿児島市立黒神小学校の校舎

運動場のすぐうしろには、桜島昭和火口の噴煙が見えます。

黒神(くろかみ)小学校がある場所

黒神小学校の場所は、鹿児島県鹿児島市の桜島の黒神町にあります。

江戸時代までは、黒神(くろかみ)村とよばれ、桜島の東部に位置し、南は瀬戸村・北は高免(こうめん)村と隣接していました。

黒神は、歴史的に桜島大噴火の影響をまともに受けている地域で、1471年(室町時代・文明3年)の大噴火では、黒神村から溶岩が流れ出し壊滅的な被害がありました。

1889年(明治22年)の町村制施行で、黒神村は高免村とともに有村・脇村・瀬戸村・古里村・湯ノ村・野尻村と合併し「東桜島村」が誕生しました。

1914年(大正3年)の大噴火では、黒神集落において246戸のうち197戸が消失し、火山灰によって埋没する被害を受けました。

このとき、溶岩によって瀬戸海峡が完全に埋まって、対岸の大隅半島と陸続きになりました。

1946年(昭和21年)には、桜島は再び大噴火をおこし「黒神」「有村」の2集落が溶岩に埋没し、大量の溶岩の流出により旧黒神小学校も溶岩の下に埋まっています。

1949年(昭和24年)、災害のあと黒神町に水道がひかれました。

1950年(昭和25年)、東桜島村は鹿児島市に編入され、現在の黒神小学校の住所は、鹿児島県鹿児島市で大字が黒神町となっています。

1954年(昭和29年)に黒神町に電気が通り、はじめて電灯がつきました。

1955年(昭和30年)には、大音響とともに南岳が噴火しました。

1957年(昭和32年)、陸上自衛隊により「桜島一周道路」が完成し、1960年(昭和35年)に「西桜島バス」が運航されるようになりました。

桜島は、今日まで大中小の爆発を繰り返し、2015年(平成27年)8月15日から31日まで噴火警戒レベルが4にまで引き上げられて、緊張が高まりました。

黒神町の特産品
黒神町の特産品

びわのはをあしらった黒神小の校章

黒神のびわ

黒神小学校の校章にも描かれている「ビワ」は、黒神町の特産(桜島・垂水市なども有名)です。

降灰にも、ガスにも強い濃緑の「ビワの葉」のように苦難を乗り越えて、心身ともにたくましく成長してほしいという願いが校章にはこめられています。

毎年5月になると、ビワ園のかたからビワの収穫から販売までの作業、ビワを育てる際の苦労や工夫などを学習しています。

黒神の椿油

2006年(平成18年)から、19年間続いた黒神小学校の「つばき油販売」も、閉校前の令和7年で最後となりました。

垂水みちの駅からはじまり、2007年(平成19年)からは、山形屋正面玄関横で販売していました。

2025年(令和7年)12月17日(土曜日)の朝9時から限定300本で最後の販売を開始し、80人以上が長蛇の列をなし、15分で即完売となりました。

子どもたちの椿油の学習には、高免老人クラブ・黒神老人クラブなど、黒神・高免地域の人たちが多くかかわっていました。

黒神の桜島大根

黒神小では、9月に種まきをして1月に「桜島大根」の収穫をしています。

2025年(令和7年)1月には、黒神小学校をはじめ桜洲小・桜峰小・東桜島小の子どもたちと一緒に「桜島大根」を鹿児島市長(当時:下鶴氏)に贈呈しました。

黒神小校区の名所

黒神小校区の名所

黒神ビュースポット(画像出典:グーグルマップ)

黒神ビュースポット

黒神ビュースポットは、桜島の南東部にある昭和溶岩地帯の小さな展望台で、1946年(昭和21年)の昭和大噴火で流れ出した溶岩の荒々しい姿を間近で体験できます。

最近では、木々が多く生い茂っているため視界がさえぎられ、近くの橋から見たほうが眺望がよいとされています。

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鹿児島市とその地域 [鹿児島県]
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