鶴峰(つるみね)小学校 [令和8年閉校] 鹿屋市立
鹿児島県の廃校・校跡

鶴峰(つるみね)小学校 [令和8年閉校] 鹿屋市立

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『鶴峰(つるみね)小学校 』は、鹿児島県鹿屋市吾平町上名にある「鶴峰小校区(鶴峰東・鶴峰中地区・鶴峰西)」の子どもたちが通っている小学校です。

児童文学作家「椋鳩十」作詞の校歌と、校区内に「神代三山陵」の吾平山上陵があることでも知られている学校です。

鶴峰(つるみね)小学校の閉校式はいつ?

鹿屋市立鶴峰小学校は、2026年(令和8年)3月31日で閉校になります。

さきがけて、2025年(令和7年)10月26日(日曜日)に、全校児童9人ほか地域住民や卒業生が集まって「最後の運動会」をおこないました。

2026年(令和8年)3月1日(日曜日)には、鶴峰小体育館にて「閉校記念式典」がおこなわれます。

同年4月1日より、鶴峰小校区の子どもたちは「吾平小学校」へ通います。

鶴峰(つるみね)小学校の校歌
1.せんだんの 花紫に
腕組む子らの 肩にちる
知識の花を 咲かせんと
鶴峰の子ら 眉あげて
仰げば空は ルリの色

2.遠くかすみて 吾平野は
みのりゆたかに 金の波
努力おしまず 学ばんと
鶴峰の子ら 眉あげて
仰げば空に かかる虹

3,吾平の陵の 森あたり
朝の光りの すがすがし
郷の夜明けを この手にと
鶴峰の子ら 眉あげて
仰げば空に 明けの星

鶴峰(つるみね)小学校 [鹿屋市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 鶴峰小学校
住所 〒893-1101 鹿児島県鹿屋市吾平町上名3594
閉校年月日 2026年(令和8年)
沿革 1880年(明治13年)4月 – 「上名小学」として中福良集落に鎮座する八幡神社の南東の位置に創立(後に上名尋常小学校へ改称)。
1887年(明治20年)4月 – 「上名簡易科小学」と改称する。
1892年(明治25年)7月 – 「上名尋常小学校」と改称する。12月 – 「鶴峰尋常小学校」と改称の上、校舎を鶴峰山麓の現在地へ移転。当時の校地は約1,000坪。
1905年(明治38年)4月 – 校舎を改築(建て替え)、校地を1,000坪拡張する。
1917年(大正6年)5月 – 校舎を改築(建て替え)する。
1918年(大正7年)6月 – 東岳分教場(のちの鹿屋市立神野小学校)を設置。
1924年(大正13年)5月 – 東岳分教場が移転新築される。
1928年(昭和3年)10月 – 校地を550坪拡張、1,000坪を埋め立てる。12月 – 創立50年記念式ならびに創立五十年記念碑の除幕式を挙行。1938年(昭和13年)10月 – 肝属地方風水害により校舎が破損、石垣が崩壊する。被害額は1000円。授業は10月21日より再開。
1941年(昭和16年)4月 – 「鶴峰国民学校」および鶴峰国民学校東嶽分教場へ改称。5月 – 鶴峰国民学校東嶽分教場が「神野国民学校」として独立。神野国民学校はその後、姶良村立神野小学校、吾平町立神野小学校、鹿屋市立神野小学校となり、2013年に吾平小学校へ統合された。
1942年(昭和17年)4月 – 鶴峰国民学校に高等科を併置する。
1947年(昭和22年)4月 – 「姶良村立鶴峰小学校」へ改称する。10月 – 姶良村の町制施行・改称に伴い「吾平町立鶴峰小学校」へ改称する。
1948年(昭和23年)7月 – 校舎を改築(建て替え)。鹿屋市横山にあった旧兵舎を移築。80坪、4教室。
1954年(昭和29年)10月 – 講堂および普通教室を新築。1990年ならびに2024年時点で現存しない。
1956年(昭和31年)12月 – 校舎の改築(建て替え)工事が第3期まで完了。
1960年(昭和35年)5月 – 給食(A型)を開始。
1963年(昭和38年)4月 – 鉄筋校舎が完成。2階建て。1990年ならびに2024年時点では管理教室棟として活用している。
1966年(昭和41年)12月 – 特別教室が竣工。3階建て。2024年時点では普通教室棟として活用している。
1969年(昭和44年)9月 – 吾平町の学校給食センターが稼働、町内全小中学校の給食が自校方式からセンター方式へ変更される。
1970年(昭和45年)12月 – 鉄筋校舎として普通教室8教室が完成。2階建て、1966年竣工の特別教室棟の東に増築している。2024年時点では普通教室棟として活用している。
1972年(昭和47年)3月 – 屋内体育館が竣工。8月7日 – プールが竣工。
1979年(昭和54年)7月 – 低学年用プール(補助プール)を増設。
1998年(平成10年)4月 – 2代目の学校給食センター(現・鹿屋市吾平学校給食センター)が稼働。
2006年(平成18年)1月 – 市町村合併に伴い「鹿屋市立鶴峰小学校」へ改称する。新・屋内体育館を建設する。
2025年(令和7年)3月 – 6年生4名が卒業。2024年度末時点の5年生の在籍がないため、事実上最後の卒業式となる
2026年(令和8年)3月31日 – 吾平小学校に統合のため閉校。[1]

[1] 出典:Wikipedia

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

鶴峰小学校は、県道68号線沿いに校舎が建っています。

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

校舎は、2階建て鉄筋コンクリートで1970年(昭和45年)に完成しました。

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

また、立派な屋内体育館は、1972年(昭和47年)に竣工しています。

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

鶴峰小のプールは、体育館と同じく1972年(昭和47年)に完成し、低学年用プールは1979年(昭和54年)にできました。

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

中庭の裏には、もう1つ鉄筋コンクリート造の2階建て別棟が建っています。

鹿屋市立鶴峰小学校の校舎

右側から見た鶴峰小学校の校舎と体育館です。

 

鶴峰(つるみね)小学校がある場所

鶴峰(つるみね)小学校がある場所

鶴峰小学校校区(画像出典:学区マップ)

鶴峰(つるみね)小学校がある場所は、鹿児島県鹿屋市の吾平町上名です。

校区の上名(鶴峰東・鶴峰中地区・鶴峰西)地区は、豊かな水と自然に囲まれ、北東部には田園風景がひろがって東西南部には平地も開けているため、農業が主幹産業となっています。

学校の場所は、県道561号線を錦江町から北上して、そのまま県道68号線に入り、鹿屋市吾平町麓の中心部に入る手前の上名地区です。

南側は下名を越えると錦江町池田、東側は肝付町後田・新富、西側は吾平町南町、北側は麓と隣接し、北西部は鹿屋市中心部につながっています。

鶴峰小校区の歴史

鶴峰小学校がある校区は、中世以前は、「町村」と「萩原田村」があったところです。

江戸時代には、町村は「上名(かみみょう)村」に、萩原田村は「下名(しもみょう)村」と改称し、薩摩鹿児島藩の領下にありました。

1889年(明治22年)の町村制の施行で、上名村と下名村は、麓村(旧:浅井村)と合併し、「姶良(あいら)村」が誕生します。

1947年(昭和22年)には、姶良村が町制施行し「吾平(あいら)町」となります。

すでに同鹿児島県に「大姶良村」や「姶良郡(現・姶良市と霧島市の一部)」という地名が存在し混同を避けるために、漢字が「吾平」に変わりました。

平成18年(2006年)、吾平町は串良町・旧鹿屋市・輝北町と合併し、新設「鹿屋市」が誕生しました。

現在、鶴峰小学校がある校区の住所は鹿児島県鹿屋市の大字が吾平町で、小字が上名・下名となっています。

鶴峰地区の特産

鶴峰小校区の鹿屋市吾平町(上名と下名)は、甘くて柔らかい「吾平かぼちゃ」と、甘くて品質がよいと評判の「吾平町特産のミカン」が有名です。

また、上名には「小鹿酒造株式会社」があり、大隅半島国見山系地下水で仕込み・割水した「小鹿の郷」をはじめ「天と地と人と」「小鹿」「美し里」「青とんぼ」「紅とんぼ」などの焼酎を製造し販売しています。

他には、べに花ドレッシング・猪みそ・つわの佃煮・かぼちゃの漬物・手作りみその「食と農」などの吾平町の名産品が、上名にある「吾平物産館 つわぶき」他でご購入いただけます。

鶴峰小校区の名所

鶴峰小校区の名所

吾平山上陵(画像出典:グーグルマップ)

吾平山上陵

鶴峰小校区の上名には「吾平山上陵(あいらのやまのうえのみささぎ)」といわれる神武天皇のご両親のお墓とされる皇族陵(皇族のお墓)があります。

地元では「あいらさんりょう」という呼び名で親しまれている宮内庁が管理している場所で、参道を歩くと別名「小伊勢」と言われてるとおり、伊勢神宮のような神聖さと神秘的なエネルギーがあるパワースポットとして人気です。

神代三山陵の1つとして、とても広大な三陵の中で最も風格があり水がきれいな川のせせらぎを聞きながら、整備された砂利道を歩きますが近くまでは入れないので、遠巻きで参拝することとなります。

春の満開の桜も見ごたえがあり、お正月には多くの人でにぎわいます。

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