山崎(やまさき)中学校跡 [さつま町]
山崎(やまさき)中学校は、川内川と久富木川が交差する鹿児島県薩摩郡さつま町の山崎地区にあった中学校です。2019年(平成31年)に町内の他の3つの中学校とともに統合され「宮之城中学校」となり、山崎中学校は閉校しました。
山崎中学校の詳細
住所・閉校年月日・沿革
名称 | 山崎中学校 |
住所 | 〒895-1721 鹿児島県薩摩郡さつま町山崎1120−1 |
閉校年月日 | 2019年(平成31年) |
沿革 | 1947年(昭和22年)山崎村立山崎第一中学校として開校 1949年(昭和24年)校名を山崎村立山崎中学校と改称 1950年(昭和25年)校舎新築着工 12月竣工 1953年(昭和28年)町制実施 山崎町立山崎中学校と改称 1955年(昭和30年)町村合併により宮之城町立山崎中学校となる 1966年(昭和41年)完全給食開始 1984年(昭和59年)新校舎落成祝賀会 プール落成式1990年(平成2年)屋内運動場落成祝賀会 1997年(平成9年)創立50周年記念式典 2005年(平成17年)校名をさつま町立山崎中学校と改称 2006年(平成18年)県北部豪雨災害により山崎校区被害甚大 2008年(平成20年)運動場拡充作業 2019年(平成31年)さつま町の4中学校である山崎・宮之城・薩摩・山崎の各中学校再編のため閉校 |
山崎中学校の動画
山崎中学校の校歌
1.眉あげて見よ 牧のみね
眼路に立つ 山はささやく
少年の日は 短かしと
いざ学び いざよく遊べ
すこやかに 一日を生きん
少年の日の 惜しければ
2.目を閉じて聞け 久富木川
せせらぎの 水はさざめく
少年の日は かえらじと
いざ学び いざよく遊べ
悔いなくて 一日過ぐさん
少年の日の 惜しければ
山崎(やまさき)中学校
山崎中学校は、鹿児島県薩摩郡さつま町の山崎地区にある中学校で、山崎・久富木・二渡に住む小学生が進学していました。
山崎中学校があった山崎地区は、さつま町の中心部である宮之城から南に5kmほどの場所にありましたが、すぐ西側を、鹿児島県内で4番目に人口が多い薩摩川内市に面しているため、薩摩川内市の中心部までも車で30分もあれば行ける便利さです。
山崎中学校があった、山崎地区はもともと山崎郷として江戸時代より、山崎村、久富木村、白男川村、二渡村、泊野村が存在していました。
1897年(明治30年)に、南伊佐郡山崎村として単独自治体が設置され、昭和28年(1953年)には町制施行して山崎町にまでなりましたが、宮之城の中心部とほぼ近いため、2年後の昭和30年(1955年)には宮之城と合併し宮之城町の中に組み込まれました。
山崎中学校の通学路付近を車で通りがかったとき、大きな看板に「眉あげて見よ」と至るところにかかげてあって、何か学校の教育方針であるのかと思っていたのですが、山崎中学校の校歌の冒頭の歌詞からの引用でした。
胸をはって、誇りをもって生きてほしいという生徒を激励する言葉だそうです。すぐ近くに大きな宮之城中学校あったため、大きな学校に負けるなという意味で、生徒会のスローガンは鹿児島弁の「ふて学校に負くんな」でした。
山崎中学校の特長のひとつに、炊飯遠足というものが行事にありました。北薩広域公園まで自転車で行って、カレーを作る取り組みです。3年生が1年生にやさしく、カレー作りを教える取り組みで、生徒同士のきずなが芽生えたそうです。
山崎中学校では、1年生は農業体験学習、2年生が平和学習、3年生が職場体験学習を通して、社会にでてもおかしくない立派な大人になるように教育が実施されていました。
毎年9月になると、山崎中学校では、体育大会のなかで「応援演舞」という項目が、全校生徒によりおこなわれました。2学期がはじまるとすぐに、応援演舞の練習が2週間つづき、動きがそろった美しい演舞は体育大会での目玉演目でした。
ほかにも、山崎中学校では歓迎給食会・お別れ給食会、文化祭、ボランティア活動、百人一首大会などの行事がありましたが、2019年(平成31年)にさつま町の4つの中学校を1つにする動きのなかで、閉校となりました。