庵浦(いおのうら)小学校 [平成29年閉校] 佐世保市立
長崎県の廃校・校跡

庵浦(いおのうら)小学校 [平成29年閉校] 佐世保市立

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『庵浦(いおのうら)小学校 』は、長崎県佐世保市のあとに「庵浦町」が続く地域(庵浦小校区)の子どもたちが通っていた創立139年の歴史ある小学校です。

⇒  公式ホームページ

庵浦(いおのうら)小学校の閉校式はいつ?
庵浦(いおのうら)の閉校式はいつ?

庵浦小学校閉校記念碑

「佐世保市立庵浦小学校」の閉校式は、2017年(平成29年)2月19日(日曜日)にとりおこなわれました。

同年4月1日より、庵浦小校区の子どもたちは「船越(ふなこし)小学校」へ通っています。

庵浦(いおのうら)小学校の校歌
庵浦(いおのうら)の校歌

庵浦小校歌の石碑

1.あおぎみる
神山岳よ 白雲よ
古い歴史をうけついで
あすへの夢もほのぼのと
若い生命を 育てゆく
わが学び舎よ 庵浦

2.朝夕に
かがやく波よ 入海よ
めぐる春秋 友情の
結びも固く 美しい
若い生命の 花が咲く
わが学び舎よ 庵浦

庵浦(いおのうら)小学校 [佐世保市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 庵浦小学校
住所 〒857-1233 佐世保市庵浦町1446番地
閉校年月日 2017年(平成29年)
沿革 1878年(明治11年)- 佐世保小学校庵浦分校創立。
1886年(明治19年)- 簡易庵浦小学校となる。
1889年(明治28年)- 新学校令実施により、庵浦尋常小学校と改称。
1941年(昭和16年)- 佐世保市庵浦国民学校と改称。
1947年(昭和22年)- 佐世保市立庵浦小学校(現在名)と改称。
1949年(昭和24年)- 育友会結成。
1951年(昭和26年)- 完全給食実施。
1963年(昭和38年)- 創立85周年記念式挙行。校歌制定。
1967年(昭和42年)- 新校舎竣工(鉄筋3階・当直室)。児童数激減のため、複式となる。
1976年(昭和51年)- 屋内運動場(体育館)完成。
1978年(昭和53年)- 国旗掲揚台完成。創立100周年記念式典挙行。
1979年(昭和54年)- 陸橋架設(運動場へ)。
1981年(昭和56年)- 米飯給食はじまる。
1987年(昭和62年)- プール建設完工・遊具施設集中設置(プール横)。
1988年(昭和63年)- 学校水洗化工事完了(合併処理場)。機械警備(セコム)はじまる。家庭科室造設および理科室改造工事完成。
1989年(平成元年)- 新校門建立(川内国男様寄贈)。
1990年(平成2年)- 体育倉庫完成。
1992年(平成4年)- 運動場に国旗掲揚台設置。
1993年(平成5年)- 楽焼窯・焼成室工事。飼育舎完成。
1994年(平成6年)- 給食室浦の大木伐採(大枝55本)。
1995年(平成7年)- 給食室新築工事完了(渡り廊下含む)。
2012年(平成24年) 庵浦小学校・庵浦町連合運動会開催。
2016年(平成28年)- 佐世保市立野崎中学校の閉校により、中学校区が佐世保市立愛宕中学校となる。
2017年(平成29年)3月31日 – 佐世保市立船越小学校への統合により、閉校。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

佐世保市立庵浦小学校の校舎

庵浦(いおのうら)小学校の校舎は、県道149号線沿いの「庵ノ浦マリーナ」の砂浜あたりからですと、建物と体育館の全貌(全体像)が見えます。

丘の上の少ない校地に建てられているため、近くまでいくと校舎の全体のカタチは見えにくくなります。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

学校近くまでくると、このように交通標語の看板の先に、急な階段がありその先が校舎となっています。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

こちらが、庵浦(いおのうら)の校門です。1989年(平成元年)に寄贈されたものです。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

これが、校舎前の少ない校地にある広場です。遊具などが置かれています。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

こちらが庵浦小学校の正面玄関です。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

子どもたちが飲む、水飲み場も設置されていますね。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

玄関内の右側には、「ありがとう庵浦小学校」と書かれた折り鶴のようなアートが飾られていました。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

校舎前には、1978年(昭和53年)に完成した「創立百周年記念」と刻まれた国旗掲揚台があり、その先に佐世保湾の海が見えています。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

校舎のそばにすぐ体育館があり、ブランコも置いてありました。この体育館は、1976年(昭和51年)に作られたものです。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

体育館横には、1993年(平成5年)にできた飼育小屋とその奥には「すべり台」と、狭い校地ながらいろいろと子どもたちが遊べるように工夫がなされています。

ちなみに、運動場は道路をへだてた別の場所にあります。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

非常階段から見た、体育館と校舎をつなぐ屋根付き連絡通路です。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

窓から見ましたが、体育館の中はキレイに整理されていますね。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

庵小学校校舎の裏側です。別棟もありましたが、1995年(平成7年)にできた給食室と、1993年(平成5年)に完成した楽焼窯・焼成室でしょうか?

佐世保市立庵浦小学校の校舎

校舎裏と別棟の間にも、屋根付き連絡通路がありました。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

校舎横の坂道をあがると、すぐ「鎮守神社」があり、そこから庵の浦の集落も見えました。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

鎮守神社からみた、校舎の裏側です。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

体育館の裏側から、運動場・プールがある別校地まで、「歩道橋(陸橋)」で県道149号線を渡るようになっています。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

庵浦小学校陸橋と書かれていますね。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

陸橋からながめた、庵小のプールです。こちらは1987年(昭和62年)に完成し、そのまわりの鉄棒、のぼり棒などの遊具も同年作られました。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

プール側からみると、海のすぐそばに運動場が見えます。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

運動場前にも「庵浦小学校」の学校銘板がかかった石柱がありました。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

道路を渡った先の運動場です。校舎前は狭い庭でしたが、この運動場は広いですね。

佐世保市立庵浦小学校の校舎

最後に、校門前の階段のガードレールに作られた「ありがとう庵浦小学校」の看板です。

庵浦(いおのうら)小学校がある場所

庵浦(いおのうら)がある場所

庵浦小校区(画像出典:農業集落境界の閲覧)

庵浦小学校がある場所は、長崎県佐世保市の庵浦(いおのうら)町です。

長崎県佐世保市の「庵浦町」と続く地域が、校区となっています。

佐世保湾にのびる「俵ヶ浦(たわらがうら)半島」の南側に位置し、まちには小さな漁港「庵の浦(いおのうら)漁港」があり、佐世保市が管理する「庵ノ浦マリーナ」が併設されていて、水道もトイレも完備され30台ほどの駐車可能な施設で、散歩・佐世保湾の風情を楽しむ人や釣り人などに人気です。

庵浦小校区の歴史
庵浦小校区の歴史

庵の浦集落(佐世保市)

庵浦小校区は、江戸時代には肥前平戸藩の領下で、「佐世保村」のうちとされていました。

1645年(江戸時代初期・正保2年)の平戸領内絵図では、庵浦村ではなく「魚浦(いおうら)村」と書かれ、1656年(江戸時代・明暦2年)の「田方帳抜書=たかたちょうぬきがき(平戸藩が実施した検地をベースに作成された水田に関する土地台帳の抜粋)」においては、佐世保村内の「魚之浦(いおのうら)免」と記されていました。

明治に入ると、1889年(明治22年)町村制が施行され、魚浦村は単独村制で自治体となった「佐世保(させぼ)村」の庵浦となりました。

1902年(明治35年)、佐世保村が市制施行して「佐世保(させぼ)市」が誕生しました。

現在、庵浦小学校がある校区の住所は、長崎県佐世保市の庵浦町となっています。

庵浦小校区の名所

庵浦小校区の名所

鎮守神社(画像出典:グーグルマップ)

鎮守神社

庵浦小校区にある「鎮守(ちんじゅ)神社」は、100年以上も続いた「庵浦小学校」の裏手にあります。

神社の灯篭には、「奉獻(奉献)菴之浦觸中(触中)」と記されています。

触中=ふれじゅうとは、そのコミュニティに属しているすべての人々という熟語で、庵の浦の住民一同で建てられた(奉納された)灯篭という意味があるそうです。

この神社に見守られながら、庵浦小学校の子どもたちはすくすく成長していったことでしょう。

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佐世保市とその地域 [長崎県]
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