野崎( のざき)中学校 [平成28年閉校] 佐世保市立
長崎県の廃校・校跡

野崎( のざき)中学校 [平成28年閉校] 佐世保市立

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『野崎(のざき)中学校』は、長崎県佐世保市の野崎町・俵ヶ浦町・庵浦町を校区としていた中学校です。

⇒  公式ホームページ

野崎( のざき)中学校の閉校式はいつ?
野崎( のざき)中学校の閉校式はいつ?

野崎中学校閉校記念碑

「佐世保市立野崎中学校」の閉校式は、2016年(平成28年)2月21日(日曜日)にとりおこなわれました。

同年4月から、野崎中校区の生徒たちは「愛宕(あたご)中学校」へ通うことになりました。

野崎( のざき)中学校の校歌
1.烏帽子が岳に 昇る日の
希望に燃ゆる 紅に
ほほ染め学ぶ 剛きもの
愛と信とを 願いつつ
学べよ 野崎中学校

2.九十九島の 岩肌に
潮にもまれつ 咲く花の
その名もゆかし 鹿子百合
文化の旗を 掲げつつ
かおれよ 野崎中学校

3.水や空なる 玄海の
沖ゆく船に 夢のせて
描く未来の 少年譜
向後岬に とぶ鷹と
はばたけ 野崎中学校 [1]

野崎( のざき)中学校 [佐世保市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 野崎中学校
住所 〒857-1234 佐世保市野崎町2916番地
閉校年月日 2016年(平成28年)
沿革 1947年(昭和22年)-「俵浦中学校」創設。
1951年(昭和26年)- 野崎町に6教室の新校舎が完成し、移転。
1954年(昭和29年)- 校歌制定。
1956年(昭和31年)- 校旗制定。
1957年(昭和32年)- 運動場が完成し、校門を設置。
1961年(昭和36年)- 校舎増築工事が完成。
1963年(昭和38年)- 体育館が完成。
1972年(昭和47年)-「野崎中学校」に校名を変更。野崎中学校の校旗を制定。
1973年(昭和48年)- 野崎中学校校歌を制定。
1979年(昭和54年)- 運動場拡張工事が完成。
1982年(昭和57年)- 屋外便所が完成。
1985年(昭和60年)- 新校舎(3階)と運動場落成。学校庭園完成。
1986年(昭和61年)- 体育館屋根改修工事竣工。
1987年(昭和62年)- プール竣工。
1990年(平成2年)- 運動場溝ぶた設置。掲揚台増設および通路舗装。
1991年(平成3年)- パソコン教室設置。
1992年(平成4年)- 新校門落成(川内国男氏寄贈)。
1993年(平成5年)- 体育館床張り替え。
1995年(平成7年)- クラブハウス完成。
2000年(平成12年)- 防球ネット完成。
2003年(平成15年)- 外壁補修工事。
2004年(平成16年)- 校内LAN接続完了。
2008年(平成20年)- 学校給食開始(船越小との親子方式 )。
2016年(平成28年)3月31日 – 佐世保市立愛宕中学校への統合により、閉校。[1]

佐世保市立野崎中学校の校舎

佐世保市立野崎中学校の校舎

画像出典:グーグルストリートビュー

野崎中学校の校舎は、1985年(昭和60年)に完成しました。[1]

佐世保市立野崎中学校の校舎

校舎は、野崎中学校になってから建てられたものですが、1972年(昭和47年)までここは「俵浦(たわらがうら)中学校」として親しまれてきた校地です。

佐世保市立野崎中学校の校舎

窓から見た玄関口の様子です。下駄箱はそのままで、グラウンド・ゴルフの旗などの備品が置かれていました。

野崎( のざき)中学校があった場所

野崎( のざき)中学校があった場所

野崎中校区(画像出典:農業集落境界の閲覧)

野崎中学校があった場所は、長崎県佐世保市の野崎(のざき)町です。

校区には、野崎町のほか俵ヶ浦町・庵浦町も含まれていました。

この地区は佐世保の中心市街地から車で約20分の「俵ヶ浦半島」南端にあり、九十九島の豊かな自然や、明治期の軍港防衛にまつわる歴史遺産、白浜海水浴場などで知られる地域です。

公共交通機関として、路線バスが1日あたり3便(俵ヶ浦行、展海峰行)出ていました(令和8年9月現在)。

俵ヶ浦半島では、赤土を生かして根菜類など、さまざまな農作物が育てられています。近年はビワの栽培にも取り組んでいます。

俵ヶ浦半島の中央部には山地が広がり、平地はあまり多くありません。佐世保湾側の入江には、庵浦町や俵ヶ浦町の集落があります。半島の西側には五島灘が広がっています。

野崎町には、扇形が特徴の郷土料理「野崎寿司」があります。また俵ヶ浦町の小さなお堂「御観音さま」は、お遍路さんの札所の一つで、地獄絵も大切に受け継がれています。

2024年(令和6年)4月1日時点で、庵浦町は228人、俵ヶ浦町は311人、野崎町は152人が暮らしています。[2]

野崎中校区の歴史

野崎中校区は、江戸時代には肥前平戸藩の領下で、「佐世保村」のうちの「魚之浦免(いおのうらめん)」「俵ヶ浦免(たわらがうらめん)」とされていました。

俵ヶ浦免には、かつて「俵ヶ浦(たわらがうら)城」があり、南部氏と佐野氏の関連が指摘されています。[3][4]

明治に入ると、1889年(明治22年)町村制が施行され、魚浦村(庵浦村)、俵ヶ浦村は複数の村と合わさって単独村制の自治体「佐世保(させぼ)村」となりました。

1902年(明治35年)、佐世保村が市制を施行して「佐世保(させぼ)市」が誕生しました。[5]

野崎中学校の校区は、現在の佐世保市俵ヶ浦町・野崎町・庵浦町にあたります。

野崎中校区の名所

野崎中校区の名所

白浜海水浴場(画像出典:グーグルマップ)

白浜海水浴場

野崎中学校校区の長崎県佐世保市俵ヶ浦町にある「白浜海水浴場(しらはまかいすいよくじょう)」は、青く澄んだ海と白い砂浜が広がる海水浴場です。遊泳期間中はシャワーなどの施設も利用できます。[6]

浅瀬が広く、家族連れでも楽しみやすそうな海水浴場ですね。

海水浴場へ向かう途中には道幅がせまく、車どうしのすれ違いが難しい場所もあります。駐車場には約250台を停めることができ、近くには白浜キャンプ場(西海国立公園)もあります。[7]

参考資料・出典

[1] 旧野崎中学校ホームページ
[2] 「俵ヶ浦半島自然観光公園化計画」
[3] 日本歴史地名大系「庵之浦村」の解説
[4] 日本歴史地名大系「俵ヶ浦免」の解説
[5] ウィキペディア 東彼杵郡
[6] 佐世保・小値賀観光「白浜海水浴場」
[7] 佐世保市「白浜海水浴場・白浜キャンプ場」

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