堤(つつみ)小学校 [平成30年閉校] 平戸市立
長崎県の廃校・校跡

堤(つつみ)小学校 [平成30年閉校] 平戸市立

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『堤(つつみ)小学校』は、長崎県平戸市の堤町と猪渡谷町の一部を校区としていた小学校です。

堤(つつみ)小学校の閉校式はいつ?
堤(つつみ)小学校の閉校式はいつ?

堤小学校閉校記念碑

平戸市立堤小学校の閉校式は、2018年(平成30年)3月4日(日曜日)にとりおこなわれ、19名の児童にくわえ、市内外から歴代の校長・教諭や卒業生など約200人が出席しました。

式典では校長が、学校はなくなっても、子どもたちが育つ場所はこれまでと変わらず堤町であり、地域で子どもたちを育てていくことの大切さを伝えました。

続いて、閉校式実行委員長で堤地区区長さんが、学校が火災にあい、公会堂で授業をしたころの思い出を語りました。その後、全校児童がお別れの言葉を発表し、最後に会場全員で堤小学校の校歌を歌いました。[1]

2018年(平成30年)4月1日から、堤小校区の子どもたちは「津吉(つよし)小学校」へ通うことになりました。

堤(つつみ)小学校の校歌
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堤(つつみ)小学校 [平戸市] のデータ

住所・閉校年月日・沿革
名称 堤小学校
住所 〒859-5501 長崎県平戸市堤町382
閉校年月日 2018年(平成30年)
沿革 1911年(明治44年)- 中津良小学校堤分教場設置。
1913年(大正2年)- 小学校6年生まで受入。
1955年(昭和30年)- 市制施行により、平戸市立中津良小学校の分校となる。
1962年(昭和37年)- 平戸市立堤小学校として、中津良小学校堤分教場より独立。
1965年(昭和40年)- 東側の教室と東便所が火災で焼失。
1966年(昭和41年)- 被火災校舎復旧完成・平常授業開始。
1967年(昭和42年)- 校歌制定。
1981年(昭和56年)- 創立20周年記念体育祭。
1986年(昭和61年)- 旧校舎閉校(平床)新校舎開校(西牟田)。校旗制定。
1998年(平成10年)- 旧校舎一部・旧体育館解体。
2012年(平成24年)- 創立50周年記念学芸会の開催。
2018年(平成30年)3月31日 – 津吉小学校に統合のため閉校。[1]

平戸市立堤小学校の校舎

平戸市立堤小学校の校舎

画像提供:グーグルストリートビュー

堤小学校の校舎は、1986年(昭和61年)まで、写真の平床の集落にありました。1998年(平成10年)に、旧体育館と旧校舎の一部は解体されました。

平戸市立堤小学校の校舎

閉校時まで使われていた校舎は、西牟田地区に建つ2階建ての鉄筋コンクリート造りです。1986年(昭和61年)に、この校舎で新しい学校生活が始まりました(写真は、閉校当時)。

平戸市立堤小学校の校舎

閉校から8年後の2026年(令和8年)に訪れたときの校舎です。運動場に雑草が生えてしまっていました。

平戸市立堤小学校の校舎

正面玄関です。左側には学校周辺マップが飾られていました。

平戸市立堤小学校の校舎

体育館側から見た校舎です。

平戸市立堤小学校の校舎

校舎の中庭です。

平戸市立堤小学校の校舎

校舎の裏には、池がいくつも設けられていました。

平戸市立堤小学校の校舎

子どもたちが育てていたニワトリ小屋です。かわいい絵も描かれていますね。

平戸市立堤小学校の校舎

こちらの体育倉庫のような建物にも、堤小の子どもたちが絵を描いていました。

平戸市立堤小学校の校舎

運動場の遊具たちです。小学校は小高い丘にあり、東シナ海を望むことができます。天気のよい日には「阿値賀島」も見えたのでしょうか。

平戸市立堤小学校の校舎

こちらは、来賓用の入り口でしょうか?学校名がしっかりと書かれています。

平戸市立堤小学校の校舎

学校まわりの石壁に、「ありがとう堤小学校」という文字とイラストが描かれていました。

平戸市立堤小学校の校舎

校門前にも、卒業記念制作として壁画が描かれていました。

平戸市立堤小学校の校舎

平成の時代にここで学んだ子どもたちの、大切な卒業記念の壁画ですね。

堤(つつみ)小学校があった場所

堤(つつみ)小学校がある場所

堤小校区(画像出典:農業集落境界の閲覧)

堤(つつみ)小学校があった場所は、長崎県平戸市の堤(つつみ)町です。

校区は、堤町のほかに猪渡谷(いとや)町の一部の地区で構成されています。

堤町は、平戸市(平戸島)の西部に位置し、広い田畑と森林があり、山の上には風力発電の風車が2基建っています。

南西側は東シナ海に面し、北側は飯良(いいら)町、東側は上中津良町と隣接しています。

集落にある「堤漁港(地磯)」は釣り場としても知られ、チヌ(クロダイ)やアジ、アオリイカなどを狙う人が訪れています。

また堤漁港は、2010年(平成22年)に公開された映画『悪人』のロケ地にもなりました。主人公・清水祐一と祖母の房枝が暮らす漁村として登場し、この付近では1週間近く撮影がおこなわれました。[2]

堤小校区の歴史

堤(つつみ)小学校があった校区は、江戸時代には平戸藩の領地の、堤村(つつみむら)と糸屋村(いとやむら)に相当する地域です。

「堤村」の地名は、津々見より転じたといわれています。また、現在の猪渡谷町にあたる「糸屋村」は、かつて糸屋氏の300石の領地の一部だったとされていますが、詳しいことはわかっていません。

1598年(安土桃山時代・慶長3年)の弾圧では、糸屋村(現在の猪渡谷町)と堤村(現在の堤町)のキリシタン約200人が、長崎へ逃れたと伝えられています。

その後、平戸藩は小値賀(おぢか)村と、大島(おおしま)村の農民をこの地へ移り住ませたといわれています。

1656年(江戸時代・明暦2年)の水田に関する記録「田方帳抜書(たかたちょうぬきがき)」では、津吉中津浦村のうちに「糸屋免」と記されています。

1699年(江戸時代・元禄12年)の郷村帳では、糸屋村が親村、堤(つつみ)村が枝村として記されています。このことから、堤村は江戸時代前期に糸屋村から分かれたものと考えられています。[3][4]

1889年(明治22年)には、町村制が施行され、堤免と猪渡谷(いとや)免は、ほかの上津良免・敷佐免・下津良免とあわせて、自治体「中津良(なかつら)村」が発足しました。

1955年(昭和30年)1月1日、中津良村は平戸町・中野村・獅子村・紐差村・津吉村・志々伎村と合併し、市制を施行して「平戸市」が誕生しました。[5]

現在、堤小学校の校区は、現在の平戸市堤町と猪渡谷町の一部にあたります。

堤小校区の名所

堤小校区の名所

池八幡神社(画像出典:グーグルマップ)

池八幡神社

堤小校区にある「池八幡(いけはちまん)神社」は、平戸市堤町に鎮座する神社です。祭神には、応神天皇とも呼ばれる「譽田別命(ほむたわけのみこと)」が祀られています。[6]

参考資料・出典

[1] 広報ひらど 2018年4月号 106年の歴史に幕を閉じる「堤小学校」
[2] ながさき旅ネット 映画「悪人」
[3] 日本歴史地名大系「堤村」の解説
[4] 日本歴史地名大系「糸屋村」の解説
[5] ウィキペディア 北松浦郡
[6] 八百万の神「池八幡神社」

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